寝起きは、いいほうじゃない。寧ろものすごく悪いと、良くあいつに言われるが、今日は俺の方が目覚めるのが早かったらしい。目の前には、酷い顔をした臨也の寝顔。思わずニヤける口元を隠すこともせずに、深く沈む臨也の目元を親指で擦った。ひでえ、隈。まあ、これくらい不健康っぽい方がこいつらしい、と言えば、きっとこいつはナイフで切りつけてくるに違いない。しかし、そもそも全てはこいつの行いの所為だ。昨日の晩は一緒にベッドに入ったしまだ本が読みたいと言ったのもこいつだ。あとは自己責任だろう?少し寝なかったくらいで死にやしねえし、俺もそれほど気にはしなかったが、隈で不細工になるぞ、とは忠告するべきだったか、と、目元に浮かんだ血色の悪い肌にキスを落としながら思った。
ちゅ、ちゅ、とゆっくり片方の目元に一回ずつ。一向に起きる気配も無いし、更にもう一回ずつ唇を落として、そうして、最後に丁度良く半開きになった唇に唇を重ねて、ゆっくり、とベッドを出る。まだ冷えるから、とベッドサイドに置かれたエアコンのリモコンとテレビのリモコンを流れるような作業で電源を入れ、臨也が寝る前に用意した何時ものボトムに足を通した。今日の朝飯は俺の当番だったか。もしそうならめんどくせえな、とリモコン同様にスタンドに置いてある日捲りのカレンダーには俺の名前である静雄の「静」の文字がきっちりと赤ペンで描かれていて、思わず舌打ちをする。げ、と思わず声が出るが、すぐに息を飲んで、臨也を見遣った。幸いな事に、臨也は起きていない。いや、起きてくれた方が良かったのか?飯は俺が作るより、こいつが作った方が格段に美味いし、何よりこいつの朝飯を食うとその日一日苛々せずに済んで仕事も順調にいく。しかし、こいつの飯が食いたいが為に叩き起こす訳にも行かず、静かに溜息を吐き出した。未だにベッドに沈んでいる臨也。見れば忽ち顔が緩み、口元がニヤけてしまう。愛しいって多分これの事だろ。多分、つうか、絶対そうだ、と自己完結した後、再び臨也にキスだけかまして、俺は大人しくキッチンに立つのであった。

卵二つとベーコンが二枚。ぐちゃり、とボウルの中で混ぜ合わせたそれらを、熱したフライパンの中にぶっ込めば、すぐに香ばしい匂いが辺りに散らばった。いつもなら、ここで皿に盛り付けて、トーストを二枚焼く。しかし、今日は其れも億劫になって、キッチンに立ったまま生の食パンに齧り付いて、フライパンから直接焼きあがったスクランブルエッグを頬張った。ぜってえ臨也に見られたら殴られる。つうか行儀悪いだのなんだのと小言を言われるんだろうなあ。などと臨也の呆れたような顔を思い浮かべたところで、どさり、と背中に衝撃が走った。おう、と声を上げて数秒、やたらと熱くなる背中と腹に回った腕が、ぎゅうぎゅう、と擬音が付きそうなほどしがみ付いてくる。俺はこんな事するヤツを一人しか知らない。寧ろ、こんな事をさせるヤツが、俺には一人しかいない。
「おい、臨也、…寝惚けてんのか」
「…………シズちゃん、…行儀悪い……」
もごもご、と篭って殆ど何を言っているか分からない声が背中に浴びせ掛けられる。しかし、俺の身体をホールドする腕の力は、こんな細っこい腕にこんな握力あんのか、と不思議になるほど強く強く抱き締めてきて、まるで説得力が無い。俺が言うのも何だか、ほんとに素直じゃねえ、こいつ。まあ、其処がとてつもなく可愛いと思うときもあるのだが、今はちょっとイラっとしたので、しがみ付いてくる身体を無理矢理引き剥がして、真っ黒な光沢のあるシンク上に抱き上げてやった。露になった顔は寝起きという事も在って、眉目秀麗のび、の文字も無い。寝不足の所為で顔は浮腫んでる、眉間には深い皺、完全に開き切らない目は半開きで、口元には涎の跡だってある。それでも、こいつを可愛いとか思ってしまうのは俺が病気だからだろう。そんな事を思って、改めて向き合った臨也におはよう、と言って、キスを落とした。
「…シズちゃんもう仕事行っちゃったかと思った……」
目を開けないまま呟いた臨也は、そのまま俺に頭突きをする勢いで再び手厚い抱擁を浴びせる。これだけで仕事行きたくなくなるとか。まじこいつ魔法か。魔法なのか。それなら一生解けんな。と細い身体を抱き返して、よしよし、と頭を撫でれば、細い肩越しにデジタルの時計が見えた。8:19。このまま行けば完全に遅刻コースである。でも今日はトムさんと外回りだし、仕事を休むわけには行かない。だが、俺の中ではすでに、サボってしまえ、という選択肢が出来上がっている事に気付いた。いやいや、それは流石に拙い。トムさんに迷惑掛けるわけにはいかねえ。ああ、でもトムさんなら一人でイケるか。あのトムさんだもんな。それが無理ならこいつ連れてく、とか。事務所のソファなら借りれるし。どうすっかなあ、と試行錯誤した末、決断を下す寸前。抱擁とはまた別の温もりが肩口から伝わる。
まさか、と思う。しかし、こういう時の勘ってもんは大体当たっているから本当にがっかりだ。肩口の温もりが何時しか湿り気に変わり、其れがだんだんと広がっていく。ああ、寝やがった。はあ、と零れる溜息と一緒に、ずるり、と全身に掛かる臨也の体重と、耳元を直に刺激する吐息(というか寝息)に脱力するしかない。こうなる事は予想付いたけどな。むしろこうなるなら起きてくるなよ、と言ってやりたいのだが、これも惚れた弱みなのだろう。俺は其れを口にする事もなく、臨也の身体を抱き上げて、ゆっくり、と寝室に連れて行った。加減している物の、足元から伝わる振動は相当の物である。だが、臨也は起きる気配を全く見せる事もなく、まだ温かいベッドの海に放り投げたところで、身じろぎ一つしなかった。逆に面白くなって込み上げる笑いはどうしようもない幸せで満ちているのは言うまでも無い。こうなったらこいつの涎で濡れたシャツ使って大いにからかってやろう。そうして、この込み上げては溢れる愛しさを全て、ぶつけてやるから覚悟しとけ、と眠る臨也の目蓋にキスを落とした。
8:38。したためる手紙。簡単に作った"朝飯は冷蔵庫の中"。たったそれだけの文章と、耳元で「行って来ます」。何時ものように「いってらっしゃい」とは帰ってくる事は無かったけれど。それでも再びこの部屋に戻ったときに「おかえり」と笑う臨也の絵を想像して、俺は今日も自販機を投げながらお前の事を想う簡単な仕事に励むことにする。実に幸せな日常だ。






ミカエルの傍ら









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