※ブランケット症候群静雄。




平和島静雄は完全なる病人だ。言っておくが、何かしら外傷があるとか、あと数ヶ月の命です、とか、そんな物ではない。寧ろ、そっちの方が俺には尽くす手立てだってあったかも知れないし、俺の金で治してあげることだって出来たかも。其れなのに、平和島静雄が患ったこの病気は今の先進技術で持ってしても手も足も出ない代物だった。勿論、闇医者の親友にも相談して見たがとんだ役立たずで、アドバイスと言っても参考になるような代物じゃなかった。そうなれば、この手の施しようがない人間の皮を被ったバケモノを俺がどうか出来ると思う?いや、出来ないね、出来るわけがない。そんなわけで今日も俺は軽く軟禁状態だ。
「ねえ、シズちゃんおなかすいた」
だから離して、と言う間も無く、平和島静雄は俺を後から抱擁したまま離す気の無さそうな声を上げて、へばり付いた肩口から顔を上げた。何が食いてえんだよ、と首を傾げる姿は全く持って可愛くないが、ハンバーグと答える。しかし、端っから離す気の無かったこのバケモノはそうかよ、と返事しただけで、再び顔を背中に押し付けた。勘弁してくれ。俺が帰宅してからかれこれ二時間もこうしてる。さすがに君の固い筋肉だらけの足で俺の柔らかくて繊細なお尻も痛くなってきてるし、生憎、本日放送のバラエティは面白みに欠ける。どうにか離れてくれないかと、優秀な脳をフル活用して考えてみたけど、その答えは見当たらないし。この地獄を終わらせる術は俺には何一つ残されていなかった。もう全て、そう全てだ。手当たり次第試し尽くしてきた。例えば、買い物に行きたいとか、下手に出てデートしたいだとか。最終手段、おしっこ漏れそうとか。全て、試して試して、試しまくってきたのに。俺の努力は空しく弾け飛んで、そうして、全て失敗に終わっていった。だから、もう疲れてきちゃった。今から新しい手を、と考えてもみたけど、何も思い浮かばないし。結局空腹を持て余した腹をそのままにして、彼に身体を預けた。ちょっと位、重いと言われて離してくれるのを期待してみたが案の定、俺の体重は彼にとって無に等しいらしい。これこそミノ蟲と言うか、なんと言うか。はあ、…ほんとどうしよう。と思いつつ、俺はもうすでに5年も彼の病気に付き合っているのだから世話ないよなあ。
ブランケット症候群。聞いた事がある人も居るかも知れないけれど、アメリカの漫画家か誰かが描いた犬の漫画に登場するライナスって男の子が何時もブランケットを抱えてるところから何かに執着して安心感を得る病気をブランケット症候群と言うらしいが。あの池袋最強と言われてる平和島静雄は正にこの病気だ。正しくは精神疾患であるみたいだけれど、そんな事は大した問題じゃない。俺はシズちゃんが俺の身体を離してくれればそれでいいんだ。ほら、ブランケット症候群って言うくらいなんだから、ブランケットを抱いててくれればね、俺は素敵で無敵に平和に暮らせる訳だよ。それなのに、何故かシズちゃんは俺を選んでしまったものだから、仕事の時以外はシズちゃんは俺に入り浸りだ。毎晩のように俺の家のドアをぶっ飛ばして、いっつも俺のことをぎゅうぎゅうって抱き締めてくる。それはもう、ぶっ飛んだ力でね。痛いって言っても離してくれないし(力は弱めてくれるけど)おしっこしたいとかお腹すいたとか、生理現象は大体の却下されて、俺の生活はぐちゃぐちゃだ。俺が病気になりそうなくらいだよ、冗談抜きで。だから、どうにかしたい、したい、とは思っているんだけど。もうずるずると、五年間。あっと言う間だったけれど、俺はシズちゃんに抱き締め続けられているわけだ。あの俺と、シズちゃんが、だよ?新羅じゃないけれど、空前絶後、前代未聞、と言ったところだろうね。こうしてシズちゃんに抱き締められてる俺ですら信じられないのだから。
「ね、シズちゃん、ほんと離してよ。ごはんにしよ?シズちゃんの好きなもん何でも作ってあげるから、オムライス?パスタ?ね、何がいい?」
「……うるせえ、クソ蟲黙れ、離したら俺が死ぬだろ、」
死ぬか、バケモノ!!と突っ込まなかった俺を褒めて欲しい。むしろ、子供を扱うみたいに、シズちゃんを安心させてあげて、頭を撫でてあげてるんだから、大いに世界中の人間は俺を讃えるべきだよ。その上、何が悲しくてシズちゃんの柔らかくもない頬っぺたにキスしなくちゃならないのか。それは俺が一番知ってるんだけどね。知ってるんだけど、…本当に不本意である。
ちゅ、ちゅ、と触れる唇が、きらり、と光る毛先が揺れる首元に滑る。この角度から見える角ばった骨のラインだとか、肌の滑らかさだとか。無駄に綺麗な事に多少腹を立たせながら、くしゃり、と後頭部の髪を引いた。項の皮膚が引き攣る様子に、唇が歪む。痛いとか、そんな言葉は彼の唇から聞く事は出来なかったが、不機嫌そうに上がった顔に刻まれた眉間の皺。俺にくっついてるからにはこれくらいはね?我慢してもらわないと。ざまあみろ、とこっそり、思いつつ、指先でシズちゃんの顎を掬い、唐突に唇を奪う。触れるだけの其れをすぐに離して笑えば、シズちゃんは再び俺の身体を抱きすくめて、カレーライス、と呟いた。
思わずぱちくり、と瞬きをする。そして、徐々に込み上げる笑みは唇の端を持ち上げて、俺は小さく、はは、と笑った。ほんとさ、君には一生勝てない気がする。この俺がだよ?今俺の中は劣等感でいっぱいだってこと分かってる?結局俺は君のそのお願いには敵わないし、抱き締められた身体を引き離す事も出来ないんだからね。それでも、やっぱり何だか悔しいから、今日はカレーライスなんて作ってあげない。俺はハンバーグが食べたいんだ。だから君には俺の欲求に付き合ってもらうとするよ。
そうして、俺は出来上がったとびきり美味しいハンバーグを前に、カレーが食べたかったと文句を言う君をおかずに世界一美味しい食事に在り付くのだ。






ドルチェの口付け








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