※にゃんにゃんにゃんの日。猫也と猫雄。ちょっとだけ人間静雄。(と臨也)




俺は猫である。其れは認める。しかし、俺をそこら辺の野良猫と一緒にされて貰っては困るのだ。俺は特別。真っ黒な毛並みだってツヤツヤだし、瞳だって臙脂色でキラキラしてる。それだって俺が努力をして成し得てる事だし、褒めてくれてもいいんだけどね。それでも、俺は、彼だけに褒めてもらいたい。俺には手の届かない、彼に、俺は、褒めてもらいたいし、俺だけを見て欲しいんだ。



俺は、人間に、恋をしている。



がたんごとん、と小気味良く揺れる電車に身体を任せながら、大きな窓から見える風景をそっと眺める。外は俺の瞳みたいに臙脂色に染まっていて、何となく穏やかな風景に見えて、くあ、と小さく欠伸が漏れた。本当ならもう家に帰って毛繕いでもして一眠りしている頃だ。しかし、それをしなかったのは今日、あの場所に彼が訪れると知っているから。早く会いたい、会いたいなあ。そんな事を思いながらもう一度小さく欠伸を漏らして、ゆっくり、と止まり始めた電車の俺の特等席から腰を上げた。少し高めの段差を軽快に飛び越えて、漸く止まった電車のドアの前に陣取る。そうしてプシュー、と音を立てた二枚のドアを滑るように潜り抜けて、一目散に階段を駆け下りた。この街には腐るほど人間が居る。俺はその様子を見るのが好きだけれど、今日はそんな暇はない。もしかしたらもう彼が来てるかと思うと居ても経っても居られなかった。だってたまに感じる視線は何時もの事だし。俺は綺麗でカッコイイし可愛いから、しょうがないだろ?一瞥してしなやかな尻尾を振るだけで、皆笑って俺を撫でたがるのも抱きたがるのも全て自然の沙汰なんだ。けれど、今日はそれもさせて上げない。今日は彼の為に念入りに毛繕いしたし、他の人間に台無しにされては困るからね。
するり、と大勢の人間から逃げるように、俺は大きな通りに出て、信号を待つ。その間も聞こえる俺に対しての賛美にふん、と鼻を鳴らしながら、目の前の信号が青になるなり横断歩道を横切った。この通りから、三本目の通りを曲がって、また二本を曲がる。そこに彼は居る。絶対?いや、多分、きっと、確証は無いけれど、居る、はず。居てくれなきゃ困る。半ば祈るように、脳内に描かれた通りの地図を辿って、三本目の通りを曲がり、敷かれた白線の上をリズミカルに歩く。足取りは弾む一方、居なかったらどうしようだとか、そんな不安も込み上げたが、二本目の通りを曲がる前にその不安は一瞬にして消え去る事になった。
「おい、あぶねえぞ、…」
ってお前。そう聞こえると同時かそれより僅かに早いくらい。ひょい、と浮き上がった脚に、びくり、と反射的に全身が震えて、身体が強張る。一瞬で逆立った尻尾に、にゃあ、と思わず漏れた弱い声をに不甲斐なさを覚えながらもどうする事も出来ない俺は、いざとなったら噛み付こうなんて思いながら抱えられた声の先に恐る恐る顔を上げた。けれど、その先には俺がどんな猫よりも会いたかったヒトが居て。どうにも抑えられない衝動のまま彼に擦り寄った。
平和島静雄。俺が恋をした正真正銘の人間。そして多分、雄だ。(確かめたわけではないから絶対とは言い切れないけど)でも俺にとってはそんな事は関係ない。猫と人間の時点でいろいろ終わってるわけだから、雄だとかそんな物はあってもなくても同じことだろ?端っから一方通行なわけだから俺が何をしようときっと彼も困らないだろうしね。それに俺は彼に会えればいいから。毎日とは言わない。こうして、週に1回とか、そんな頻度でいい。撫でて貰えなくたって構わないし、毛並みが綺麗だとか、そんな事褒めてもらえなくてもいい。(ほんとは褒めて欲しいけど)ただこうして側に居ることを許してくれるだけで、俺はそれだけで胸がどきどきして、でも気持ちが落ち着いて気持ちよくて、これがきっと人間の言葉で幸せって言うヤツなんだろ?
「お前また来たのか?」
低い声と咽喉元を撫でる指先が気持ちよくて、ぐるぐる、と咽喉を鳴らして、にゃあ、と鳴くと、彼はすごく優しい表情で、そうか、と笑った。そうして、俺を"イザヤ"と呼んで抱き締めてくれる。俺には彼とは別の(俺にそっくりの)飼い主が居るけれど、彼が付けた"イザヤ"と言う名前が好きだった。彼が与えてくれるものならきっと何でも嬉しいのだろうけど。それでもこの名前は何故か特別のような気がして。(彼の声色が凄く優しく感じるし何故だか彼に長年そう呼ばれてきたみたいな気がするし)溢れんばかりの幸せが込み上げる。ずっとこうしていたい。ずっと傍に置いて欲しい。そう思うのに、終わりはいつも突然に来てしまう。彼が"トムサン"と呼ぶ男。悪い奴では無さそうだけど、いつも俺と彼を引き離す嫌な奴。彼は"トムサン"の「いくぞー、」ってたった一言聞くだけで俺を離して遠くに行ってしまう。行かないでって幾ら鳴いても、ごめんな、って彼は困ったように笑って俺から離れていってしまうんだ。だからこの瞬間だけは嫌い。彼ごと嫌いになってしまいそうなくらい、俺はこの瞬間が大っ嫌いだ。
軽々と持ち上げられた身体は元々居たコンクリートの上に下ろされ、くしゃり、とおっきな掌が俺の頭を撫でる。じゃあな、と一言だけ落とされた声に、もう一度行かないで、と鳴いて、脚に絡みつくように擦り付いたけれど、ごめんな、とだけ再び謝られて彼は"トムサン"の元に走っていった。消えていく背中ににゃあ、にゃあと鳴いてみせる。しかし、彼は少し振り返っただけで立ち止まる事はなかった。追いかけても無駄だと知ってる。もう何度かやってるからね。今日はもう少しだけ長く居れるかな、なんて思ったけれど、甘い期待なんて抱くもんじゃないって事は俺が一番知ってるのに、今日も期待してしまった。俺って馬鹿だなあ。結局路地に取り残されて独りだ。(猫だけど)路地には電燈の明かりが灯されていて辺りはもう暗い事を知らせているし、そろそろ帰らないとあの人に叱られるから、俺も帰ろう。寂しさに打ち拉がれながら思い立って、下ろされたコンクリートから腰を上げる。この時間の電車あったっけか、なんて思うまもなく、後から掛けられた声に、耳を欹てた。
「おい、てめえ、また来てたのか、」
聞き覚えの在る声。ゆらり、と揺れる影にゆっくり、と振り返る。するとやはり、一番会いたくなかったヤツが其処には立っていて、俺は全身の毛を毛羽立てながら、今帰るところだよ、と笑って見せた。
「てめえも懲りねえヤツだな。人間に来てどうするんだよ。"イザヤ"くんよお」
「……うるさいよ、"シズチャン"?君に言われたくないね」
君だって、あの人に会いに来てるじゃないか。しかもウチにね?そういうと俺より少し大きめでスマートな真っ白な猫は、少しだけ不機嫌そうな顔をした。この池袋では知らない猫は居ない、池袋最強の猫。それがこの"シズチャン"ってわけだ。何故"シズチャン"と言われているのかだって?そんなの決まってるじゃない。彼もまた人間に恋をしている。それも俺の飼い主で在る、折原臨也にね。ほんと、馬鹿。俺なら綺麗だし、可愛いしカッコイイし、世界中から好かれるから未だしも、"シズチャン"みたいに凶暴だし愛嬌もないバケモノみたいな猫があの折原臨也に好かれると思ってるんだから、世話ないよ。ほんと。
「うるせえ、てめえは池袋に二度と来んなって言って在るだろうが!また俺の縄張り荒らしたら今度こそぶっ殺すぞ!」
「はいはい、分かった分かった。それはもう何十回も聞いたよ、今帰るから、」
今回は見逃してよ。そう言ってすぐ、俺は力いっぱい後ろ足で地面を蹴り出して、長く続く路地を全力で駆け抜ける。その拍子に、"シズチャン"も弾かれたように、そうはいくか、と俺の後を追い掛けて走り出した。これが結構池袋名物になってたりするからびっくりだよね。俺にとっては命懸けだって言うのに。まあ、でも実は"シズチャン"とこうしてるの嫌いじゃないし、こうなったら駅まで競争でもしてやろうじゃないか。"シズチャン"のことだから、このままウチまで付いてきて、臨也に会うついでに俺の夕食まで横取りするに決まってるし。その横暴さを臨也に見られて嫌われたらいいんだ。そして、一生立ち直れなくなってこの街でのたれ死ねばいい。よし、完璧。完璧すぎる計画だよ。やっぱ、さすが俺だよね。ああ、楽しみ、本当に楽しみだよ。俺は"トムサン"への憂さも残ってることだし。全部、君の所為って事にして、憂さ晴らしさせてもらう事にするよ。

だから、覚悟しててよ。ねえ、"シズチャン"






抱き締めてよ、両腕で









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