静臨、新セル前提の新臨。9巻ネタバレあります。
「ねえ、俺たちって、似た物同士だと思わない?」
俺はシズちゃんに片思い。君は、"バケモノ"に片思い。ほら、似てる。落書きだらけの長テーブルに頬杖を突いた俺がそう言うと、新羅は少しだけ目の色を変えて、セルティは"バケモノ"じゃないよ、と笑った。その目。俺は、彼の目が好きだ。(目のみ、だけど)今一瞬でも、俺の事本気で殺したいと思ったよね?はは、ほんと最高。好き、大好きだよ、新羅。その瞳が俺にとって堪らなく快感で、興奮を煽るのを君は知らないし、きっと一生気付く事はないのだろう、けれど。これでも、俺は君を初恋の相手だと本気で認めているんだよ?君はそう言うと顔を顰めて、可笑しな人間だ言うけれど、俺からすれば、新羅、君のほうが実に、興味深いって、知ってた?君のほうが俺なんかより浮世離れしてるって、知ってた?俺は君の全てを知りたい。君の目に映るこの世界の全てをね。だから、俺はまだ君の隣から、離れてあげないよ。君が君である為のその全ての理由、要素、材料を知るまではね。
「…ねえ、新羅、セックスしようよ。俺たち相性抜群だし、絶対気持ちいいと思うよ」
「君のその飛び抜けた発想は何処から出てくるのか実に興味深いね。昔もそんな事言ってたっけ?けど、残念ながら僕は今も昔もセルティにしか興味ないから、」
我慢して、と接眼顕微鏡を覗いたままの彼は俺のほうを見向きもせずに、笑った。何ともまあ、夕暮れの教室にシュールな会話だ、と我ながら思う。まあ、確かに、俺もシズちゃん以外の身体は興味ないけれど。それにしても、残念だ、と思うのはあの傷の所為なのだろう。久しぶりに、見たかったなあ。あの"傷"。君の、俺への愛情の印。ねえ、そうだろ?新羅。
彼とは真逆の向かい側の席から腰を上げ、ぐ、と背伸びをする。その拍子に制服から飛び出た赤いシャツは肌を晒して、ひやり、と冷気を全身に運んだ。そのシャツをぐるり、と背中まで一周入れ直して、ゆっくり、と教室のタイルを辿る。一枚、二枚、三枚、四枚、五枚。そうして、六枚目のタイルを踏めば、未だ熱心に顕微鏡を覗き込む新羅の隣に行き着いた。斜め上から見る君の横顔や、表情はあの時と何も変わっていなくくて、少しだけむず痒い。君と同じように、俺も変わってないって事かな。それもまた何か気持ち悪いけれど。などと心中で思いながら、独特の真四角の椅子に腰掛けて、彼に寄り添う。すかさず、気味悪いなあ、と声に出した彼に、あはは、と笑って、あの"傷"のあるわき腹に触れた。
「触ってもいい?」
「もう、触ってるじゃないか。」
そうだけど。と唇を尖らせて、シャツ越しの彼の薄い肌に触れて、撫でるように指先を滑らせる。凹凸の無い肌は滑らかにシャツの上からでも分かるほど白くて、俺は在るはずのソレを、自ら探した。そうする事で俺は何かを確かめたかったのかも知れない。其れが何の為で何の意味が在るのかすら分からないけれど。それでも、指先は新羅の肌に永遠に残る其れを探し求めていた。痛い?と首を傾げた俺に、新羅は答えるのもめんどくさそうに、顕微鏡を弄繰り回して、大丈夫だと答える。彼の行動に何か意味があるのか、俺には到底理解出来ないが、あっそ、と声を漏らして、ちらり、と制服から引きずり出した、肌に直接触れた。君も嫌なら、嫌だと言えばいいのに可笑しなところが、お人よしと言うか。これが適切な距離だとか、まさか思ってるわけじゃないよね?寧ろ、俺たちは近すぎるほどなのに。他所から見たら恋人同士だと言われても何一つ文句は言えないよ。君にとっても、俺にとっても、不名誉な事この上ないのにね。それにも拘わらず、触れた指先は彼の肌から熱を奪う。そうして、一筋咲く傷跡を指の腹で撫でる事で、満たされる優越感に唇を歪めた。
「……ねえ、もうくすぐったいんだけど」
見計らったように、そう言った彼は先ほどまで見ていた顕微鏡ではなく、俺を見る。掴まれた手首がそおっと、互いの体温に馴染む間も無く、離されて、どちらからとも無く、笑みが零れた。あはは、誰も居ない教室で、僅かな笑い声が響く。何故だかは知らないが込み上げる笑みは何処までも止まらなかった。そもそも、この笑顔になんて意味は無い。俺と彼の間に交わされるものになんて全て、意味なんて無いんだ。ただ、存在しているだけ。そうする事でこの関係を保っているような物で、意味なんて、無い。在って堪るか。俺はそんな事を思って、ゆっくり、と立ち上がった。丁度良く、チャイムが鳴る。人気の無い校内に何人残っているか、俺には知った事ではないが、何故だか、この音色は俺たちの為になっているような気がした。
「そろそろ帰る?」
「そうだね、セルティが愛情いっぱいの美味しい夕食を作って待ってる事だしね」
「はは、じゃあ俺はシズちゃんにちょっかいでも出しに行こうかな」
君も本当に懲りないね。彼はそう言って、抱えた鞄を持ち上げて、乱雑に箱に閉まった顕微鏡をテーブルの隅に置いた。夕日に染まる彼の横顔を眺める。込み上げる愛しさにも似た其れは、すぐにシズちゃんの顔に重なって消えていき、俺は心中で、シズちゃんの事を想った。ああ、会いたい。会いたいよ、シズちゃん。君に死ぬほど会いたい。独りごちながら、そそくさと教室を出た薄情者の彼の背中を追い掛ける。そうして、遅いよ、と彼が笑うから、俺も笑って、背中に一発ミラクル折原アタックを食らわせて、俺はにこり、と彼に笑って見せた。言っておくが、これは、"恋"ではない。(愛かも知れないけど)俺たちには唯の一つも、意味なんて存在しないのだから。俺はその意味を欲しがったけれど、君は何一つ俺に与えはしない。そうだろ?それでも君が、其れを望むなら、俺はそれでもいい。今はそう思えるんだ。だって俺は、新羅と同じように、
"バケモノ"に恋をしているから。
心臓が喚く