A HAPPY NEW YAER !!
あけましておめでとうくぱぁ!詐欺です。全くくぱくぱしてません。
「ちょっと、シズちゃん、足ぶつかってんだけど、」
狭い。あっち行ってよ。げしげし、と足蹴りしたシズちゃんはコタツの中で猫みたいに丸くなって身動き一つしない。もしかして、こいつ寝たとか?嘘だろ。そう思うのも束の間、もぞもぞと動き出す反対側のシズちゃんを覗き込めば、やっぱり、シズちゃんは、目を閉じている。本当に、寝やがった。信じられない。自分で自慢げにコタツ買ったんだとか自慢してきたくせに。しかも俺がクソ忙しくなるこの時期に(その上、大晦日)、シズちゃんの為に時間を空けて、この寒くて狭くてボロいアパートに来てやったっていうのに。あー、まじで死ねばいいのに。ていうかそのまま死ねよ。コタツで茹って死ね。俺が看取ってやるから。この馬鹿シズちゃん。だが、俺はその思いを言葉に出す事無く、ぶつかったままのシズちゃんの足を再びコタツの中で足蹴りして、何時から乗せられてるか分からないテーブルの上のみかんに手を伸ばした。すでにいくつか散らばっているオレンジ色の残骸。その上に更に重ねるように、干からび始めた皮を向きながら面白くもない、大晦日恒例の歌番組を眺めれば、今年流行ったのであろう曲が流れた。
別に好きなわけではないが、耳が覚えたそのメロディが自然と唇から零れる。それから剥き終わったオレンジ色の其れを口に運んで咀嚼した。もうすぐ、今年も終わるなんて嘘みたいだ。何か、実感が湧かない。思えば今年一年、ずっとこんな感じで過ごしていたような気もする。時には俺のマンションにシズちゃんが来る時もあったけれど、殆ど、この狭いシズちゃんちで二人でご飯食べたり、一緒にテレビ見たり、眠ったり。俺も自分ちとして過ごしてきたような感覚があるし。知らない内に俺の私物が増えてるし。案外思い出ってもんは容易く増えるものだ。例えば、俺が持ち込んだパソコン。シズちゃんちには全く似つかわしくないし、電子レンジと一緒に使うとブレーカーが落ちたなんて事も在った。それから俺専用の歯ブラシでしょ。シズちゃんは一個でいいなんて馬鹿な事言ってたけど、冗談じゃない。何で俺がシズちゃんと間接キスなんてしないといけないんだってキレたっけ。それからイエスノー枕。シズちゃんが買って来た究極の無駄遣いでは在ったが勿体無いので使ってる。本来の用途としてではないけれど、しっかり俺の頭の下で使われてくれている。それからそれから。シズちゃんとは機種が違う俺の携帯の充電器とか。シズちゃんは絶対使わないドライヤーとか。思えば数え切れない物がこの部屋には在るし、きっとこれからも増え続けていくんだと思う。俺が今此処に居て、この馬鹿がこうして俺の傍で寝てるみたいに。俺達はこうやってだらだらともう、一年、もう十年、もう二十年って、だらだらと一緒に居るんだと思った。保障は何処に無いけれど、きっと俺も心のどっかで其れを望んでいるのかも知れない。シズちゃんには絶対に、絶対に、言ってやらないけど。(言っても脳みそ筋肉の馬鹿だから分からない可能性あるしね)
コタツとストーブで暑くなった部屋の中で、逆上せ上がりながらそんな事を考えて居る自分に、急に我に返って恥ずかしくなる。俺も新年迎えるから少しだけ浮かれてるみたいだ。なんて言い訳しておこう。気付けばもう零時も間近で。テレビでは大御所だか何だか分からないが、僅かに年老いた演歌歌手が熱唱している。これが終わると除夜の鐘が鳴って、新しい年が来る。その前にシズちゃん起さないと。起してくれ、と頼まれた訳ではない。けれど、シズちゃんはお子ちゃまだから。起さないと何言われるか分からない。理不尽にキレられるなんて、俺はごめんだ。だからさ、優しい俺は君を起してあげるとするよ。ていうか、暢気に寝てる君見てると刺したくなるし。
時計の針が、零時の三分前を指す。ぬくぬくと温かいコタツをゆっくり、と抜け出して、反対側に蹲るシズちゃんを見下ろすように影を落とせば、目の前で長い睫毛が揺れた。今年のシズちゃんはこれで見納めか。まあ、一秒前のシズちゃんはもう二度と見れないのと同じように自然な事なんだけど、何故か少し寂しくなって、その姿を瞳に焼き付けるように彼の寝顔を見つめた。顔だけはイケメンであるシズちゃんはある意味目の保養にはなる。しかし、そうしている内にも、時間は止まる事無く、時計の針を刻一刻と今年の終わりへと近づけていく。あと一分。見上げた時計が一秒、また一秒と、傾いていくのを見ながら、囁くように、シズちゃんの耳元に唇を寄せる。シズちゃん。そっと呼んだ声に、彼は身動き一つしない。これだから、こいつは朝遅刻するんだよ。でも、其れすらも、いつの間にか愛しくなってる俺は彼よりきっと馬鹿なんだと思う。自覚してる分まだマシだと思って欲しいくらいだ。なんて思いながら、晒される寝顔をそっと撫でて、シズちゃんの耳元に再び言葉を吹き込む。どうせ聞いてないし、今日くらい愛を囁いてやろう。
「今年も、お世話しました。これからも、」
お世話させてね。シズちゃん。そう囁いて、ちゅ、とプリンのように生え際の黒い髪に口付け、そっと離れる。しかし、其れを阻むように、力強い"何か"が俺の頭を押さえつけるように、羽交い絞めにした。(何かというのは言うまでも無くシズちゃんの掌な訳で)なにこれ痛い。普通に痛い。こいつは俺の頭をトマトか何かと勘違いしてるのではないかと思うほどの力である。いや、勘違いされては困るんだ。新しい年を迎える前に頭がぐちゃぐちゃになって死んで堪るか。(迎えてからも死にたくはないが)冗談じゃない。絶対に。ぜっっっったいに嫌だ!
そう思ったのも束の間。まだ一分あったはず、と思っていた時間は無情なほどに過ぎ去り、テレビ画面がパ、と明るさを変える。同時に、ゴーン、と気の抜けるような鐘の音が鳴り響いた。え、嘘でしょ。ぷるぷる、と震える腕で力みながら、顔を上げて画面の左側に視線をやる。0:00。表示された時刻は見事にぞろ目が揃っていて、俺が愕然とした。まじか。まじなのか。あっけない程に迎えてしまった新年の瞬間とロマンチックのロの字も無く、終わって行った去年。まあ、最初からロマンチックに過ごす気なんて更々無かったわけだが。(ジャージの部屋着に、こたつでみかん、その上、歌番組だらけの民放)それでも思い描いていた結末とは違った終わりをした去年とすでに始まってしまった新年は、もう帰って来ないと思うと、シズちゃんに殺意が沸いた。刺したい。こいつまじで刺したいよ。だが、それも敵わないほど、シズちゃんの腕は力を増して、死の危機さえ感じる。さすがにこれはやばい。そう悟った俺は、シズちゃん、と呟きながら頭をホールドしたままの腕を叩き、一刻も早くこの馬鹿力から抜け出そうと懸命に努力した。ん、と寝惚けたような声に緩んでいく腕をそっと撫で、僅かにあげる事を許された顔を上げて、シズちゃんを見る。寝惚けているのか焦点が合わない瞳。決してかわいい、なんて思ったりしていないが、込み上げる何かを誤魔化すように声を上げた。
「……年あけちゃったけど、おめでとう?」
そう言って首を傾げた俺に、シズちゃんは、おう、とか何とか声を返して引き寄せたままの頭をくしゃり、と一撫でする。それから、俺の頭を握り潰すわけでもなく、かと言って離してくれる訳でもなく、起き抜けの寝惚け眼で俺の顔を見つめてくるもんだから、妙に心臓が跳ねた。どうにも微妙な雰囲気だ。去年どうして過ごしたか覚えてもいないのだが、何か喋ってくれないとこっちが困る。せめておめでとう、と返すとか、そうじゃなかったら死んでくれ。
だが、その期待ですら見事に裏切ってくれるシズちゃんはさすがだと思う。今年もそのクオリティを維持してくれているとは。全く君は何処までも君で、安心するよ。そんな事を思われているのも知らずに、シズちゃんはくしゃくしゃ、と弄るように俺の髪を撫でていた掌で、再び力ずくに頭を引き寄せる。しかし俺だってそう簡単にはさせるか、と慌てて阻止すれば、シズちゃんの表情がみるみる不機嫌そうに歪んだ。その顔。そっくりそのまま、俺が君に返してあげたいんですけど。なんなの急に。寝てたかと思ったら俺の頭を握り潰そうとするわ、起きたかと思ったら理解不能な行動。さすがの俺でも君の奇行を受け止められるほど心は広くないんだけど。などと声に出す事はなかったその言葉が、ほんの僅かに出た顔色でシズちゃんに伝わったのか、力ずくだった彼の力が少しずつ弱まっていく。そして、臨也、と甘えるような声色が、今度は俺からの行動を促すように、耳元に吹き込まれて。次は俺が顔を顰めた。
「……、きみってさ、ほんと、…ん、ん、」
ずるいよね。捨て台詞のように吐き出そうとした言葉も、半ば無理矢理、触れたシズちゃんの唇に飲み込まれるように消える。もういいや。面倒くさい。こいつにキレたってしょうがない。だって相手はシズちゃんだもん。大人しくしといたほうが賢明ってもんだ。されるがままに、塞がれる唇に吸い付き深く重ねて、熱い粘膜を舐め上げると、ぞくぞくと背中に痺れを感じる。新年早々にこんな変態みたいな行為するとは思ってなかったが、俺達らしいと言えばらしいのかも知れない。理性なんて微塵もなくて、本能のまま、ってまるで殺し合ってるみたいだし。俺は甘い雰囲気よりこっちの方が好きだよ。なんてね、もはや負け惜しみにも似た其れも崩れ始める理性と一緒に溶ける様に、除夜の鐘に消されていった。
「ん、ん、…シズちゃん、あのさ、こういうのはベッドでしてくんないかな?」
「…あ?無理だ。これから、初詣だろうが。んでうどん食って、ヤるならそれからだろ」
な?などと、濡れた唇を舐めながら腹が立つほど爽やかな笑顔の彼に、どこのリア充だ、と突っ込まなかった俺を褒めて欲しい。それにしても君から初詣なんて言葉がまさか出てくるとは思わなかったよ。セックス大好きな変態童貞魔人の君からね。これだから、俺は君の事大嫌いだ。理解に苦しむ。別に俺がヤる気満々だったとか姫初めを期待してたわけではない。断じてそんな事はない、と俺の名誉の為に言っておくが、しかし、やはり俺は去年同様、今年も彼が何をしたかったのか、今後何をしたいのか、何一つ分からないままだった。そしてこれからも、俺達が刻んでいくであろう十年、二十年と言う途方もなく長く続いていく時の中も、然り。俺はこの馬鹿を理解する日は一生来ないのだと、思う。
まあ、理解する気など微塵もないので、とりあえず、君が一刻も早く死んでくれる事をこれから行くのであろう初詣で祈る事にする。
今年こそは叶います様にってね。
吐き捨てる愛を、