静臨前提な正→→→(静)臨。




この人の目には俺は映らない。最初からそうだった。この人は俺を見ていない。この人が俺の中に見ているのは、俺と同じ髪色をした、別の人間の面影。最初から、分かってた。分かってて、俺はこの人の隣に居る。この姿で居る限り、俺はこの人の隣に居る事を許されるから。俺があの人の代わりをしている限り、あの人と、この人が結ばれる事は無い。それだけで、俺は十分幸せなんだ。この人は、絶対に渡さない。すいません、静雄さん。貴方には絶対に渡さないから。精々貴方は、俺の隣に居るこの人を、この人の為だけに、愛し続けて居て下さい。

「……臨也さん、またこんなところに居たんですか?」
風邪引きますよ。そう言って着ていたジャケットを脱ぐと、臨也さんは、大丈夫だよ、と振り返ることも無く言った。高層52階。遠くで宝石のように輝く光を眺め、臨也さんは、今にも飛び降りてしまいそうな勢いでその街を見下ろしている。臨也さんは、この街を心から愛してる。少なくとも、俺よりこの街の方が好きなのだろう。そうでなければ毎日この場所からこうして街を眺める事も無い、と知っていた。この街には、あの人が居る。この世でたった一人、臨也さんが心から愛したバケモノのような人間が。それだけで、臨也さんにとっては愛する理由になる。俺が臨也さんの居るこの世界やこの街やこの部屋が好きなように。彼もまた、あの人が居るこの世界を愛しく思っているのだろう。そう思った。
愛する事がすばらしい事だと教えてくれたのは臨也さんだ。確かあれは三年も前だったか。臨也さんは俺に愛する素晴らしさを自分の身体を持って教えてくれた。きっと臨也さんはそんな気など無かったのかも知れないが、事実俺は、彼を愛する素晴らしさを知った。(叩き込まれたと言ったほうが近いかも知れない)一時は彼の元を離れた事も在ったが、俺は自分の意思で臨也さんの隣、と言うこの場所に戻ってきたし、彼から離れたあの時ほど、俺が恋焦がれた日々は無い。毎日のように臨也さんを想って、当時恋人だった沙樹にさえ、気持ちを見透かされてしまうほど、自分では気付かない内に臨也さんで埋め尽くされて居たんだと思う。そして、その時確信した。俺はきっと、一生この人の隣から離れる事は出来ないのだと。思い知らされた。それが、嫌悪から生まれ、望まれない愛だとしても、どんな悲惨な結末で終わるのだとしても、今現在の俺がこの人を愛して、この人の隣に居る事を望み、其れが出来るなら、俺はそれで良かったのだと思う。これがきっとこの人が俺に叩き込んだ愛の形。歪みきっては居るのに、何処か愛おしい。俺の愛の形である。
「…臨也さん、中に入りましょう?ほんとに風邪引きますって。」
二年前に漸く追い越した一回り小さな身体を抱き締めて、冷たくなった肩を温めるように抱き抱える。寒そうに竦められた腕を刷り上げながら、靡く黒髪に唇を落とすと、臨也さんは温もりを求めるように、背中に腕を回した。ひやりと冷えた風が頬を掠める。握られたシャツからじんわり、と温もりが伝わると、彼は、俺ではない俺の面影に似たあの人を求めて悲痛で愛しむように、シズちゃん、と声を上げた。本当に、この人は馬鹿だ。馬鹿で、馬鹿で仕方ない。きっと静雄さんがこの場に居たら手前は馬鹿だと、罵るのだと思う。そうして、何でもっと早く俺に好きだって言わないんだって罵って、俺よりも力強い腕でこの人を抱き締めるのだと思う。けれど臨也さんは知らない。何も、知らない。こうして俺が隣に居る理由も嘘を吐き続けられている事も、俺によって曲げられた事実を知らされている事も、静雄さんと想い合っている事も、何もかも知らずに、今もこうして俺の中に閉じ込められている。そもそも、臨也さんは俺に愛されている事すら知らないで居るのだろう。俺の歪んだ愛ですら気付かずに、今もこの街の何処かで臨也さんを想っているであろう静雄さんに想いを馳せているのだ。
嗚呼、本当に、馬鹿だ。臨也さんは。本当に、馬鹿で馬鹿で、それで居て愛らしくて愛おしい。俺の可愛い可愛い臨也さん。いつか、臨也さんは言っていたよね。臨也さんが愛したこの街には彼自身、知らない事がまだまだ溢れていてるからこそ、愛しいのだと。この言葉を聞かされた当時の俺には言葉の意味すら理解出来なかったけれど、今の俺なら理解出来る。彼が何を考え、何を俺に言い、俺に何をするのか予想すら付かないこの状態が愛しくてスリリングであるように、臨也さんも全ての感情をひっくるめて、この街や、静雄さんを愛してしまっているのだと思った。だから、貴方の知らない俺のささやかな愛でさえ、愛してくれたらいい。貴方の知らない俺のささやかな嘘でさえ、騙され続けてくれたらいい。
「ねえ、正臣君。この何処にシズちゃんは居るの?いつになったら、シズちゃんは俺を迎えに来るの?」
ぽつり。零れた臨也さんの言葉は吹き荒れる風に寄って消されたが、確かに俺の鼓膜を震わせる。臨也さんは本当に、残酷な人だ。けれど、その残酷さですら、俺は好きなんですよ?この嘘も、貴方のため。貴方と静雄さんの為なんです。静雄さんが貴方を幸せに出来る訳もないし、貴方が幸せになるとも思えない。そして貴方では静雄さんは幸せにはならない。貴方を幸せにするのも貴方が愛した静雄さんを幸せにするのも、俺だけなんです。だから何時ものように、嘘で塗り固めた笑顔を貼り付けて、抱き締めた身体を包み込んで耳元に唇を寄せる。愛してる、愛してる、愛してる、臨也さん。彼の背中越しに見える街並みが溢れる想いと共に、ちらり、ちらり、と輝く。俺はその煌びやかな風景に吐き捨てるように、再び彼に優しい、優しい、嘘を吐いた。

「もうすぐですよ、もうすぐ。きっともうすぐ静雄さんが迎えに来ますから。後もう少しだけ、俺の隣に居て下さい。」






恋慕う罰









「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -