※誠二と美香のパロっぽい静臨。若干グロ表現。
其れは、一目惚れと言うものだった。
頭のいい学校ではなかったが、俺にとっては難関とも言えるその学校に、俺は入試試験に来ていた。窓側より、一席離れた席。其れが俺の席だ。ぎゃあぎゃあと騒ぐ女子が五月蝿いが、特に興味はない。かっこいいだ、なんだと、そんな物。俺のこの化け物みたいな力を知ってしまえば、離れていくことを俺は知っていた。そもそも、高校なんざ、入ろうが入らまいが、どっちだっていい。ただ平和に、平凡に、毎日を暮らせればそれでよかった。其れが俺の望みだったはずなのに。俺の世界は、彼が現れた事で、一瞬にして、目まぐるしく色を変える。向かって一番右の奥、窓側の席。眼鏡のパッとしない男が窓の外を見ていた。その正面、やたらと整った顔の男が、綺麗な笑顔で微笑んでいて、俺は言葉を失った。
男の名前は折原臨也。最初から知っていた訳ではない。机に貼られた長方形の薄っぺらい髪に振り仮名付きでそう書いていた。彼は正面の眼鏡の男にしきりに話しかけ、くすり、くすり、と笑みを零す。その笑顔は異彩を放つように、綺麗に浮かび上がっては静かに消えていく。まるで人間では無いようにも思った。俺のようだ、とは言わない。全く別次元の人間のような、彼はそんな雰囲気をしていて、この時、俺は一瞬にして彼を愛してしまったのだ、悟った。彼が好きだ。彼を愛してる。その気持ちは俺の予想は遥かに上回るスピードで膨れ上がり、誰にも、俺にさえ、止められない程にまで、大きくなった。彼の全てを知りたい。彼に全てを知ってほしい。彼の彼の彼の彼の。彼の全てを、俺の手の中に。俺はそう望んでしまったのだ。出会って、5時間と32分。俺は彼に告白をした。一目惚れしました、と言った俺に彼は、少しだけ驚いていたが、すぐに、静かに表情を変えて、ごめん、と一言だけ言う。想定内の反応だ。きっと照れているんだ。俺に告白されて、しかも男の俺だ。受け入れるのに時間も掛かるし、お互いのことをまだ何も知らない。まだ、付き合えるなんて俺だって思っても居なかった。だから、背を向けて立ち去った彼を追いはしなかった。まずは俺を知って貰うために、俺が彼を知らなければ。順序、というものはそういうものだ。まずは、彼のことを全て知ろう。好きなもの、嫌いなもの。交友関係から、家族構成まで。全て知って、俺を知ってもらって。そうして、その時が来たら、彼と付き合おう。俺はそう胸に決めて、その場をスキップで立ち去った。胸が躍る。恋という物は、なんて素晴らしいのだろう。俺は心の底から、そう思った。
街中で彼を見つけるのは、いつも一苦労だ。だけど、俺には其れが出来る。彼の匂いが分かる。其れを知って、初めてこの化け物みたいな力に感謝した。いつでも何処に居ても、彼の居場所が分かるこの能力に。人ごみを掻き分けて、小さく、細く、佇む背中を見つけて俺の口元が緩んだ。臨也君。そう声を掛けると、彼は此方を振り返り、目を見開く。そして、俺に背を向けると、全速力で俺の前から走り去った。今日も鬼ごっこか。本当に彼は楽しいことが好きだ。ユーモアに溢れているのもあるが、俺が声を掛けると何時だって鬼ごっこが始まってしまうのが玉に瑕でもある。彼と出来ることはなんだって楽しいが、たまにはゆっくり話がしたいと思う。まあ、これは俺の我儘でしかないのだが、付き合っているのだから、この位の我儘は許して欲しかった。
だが、しょうがない。彼がしたいと言うならば俺は従うまで。走り去り、小さくなっていく背中が、見えなくなる前に、俺は地面を蹴り走り出す。大丈夫、絶対に俺が、捕まえてやるから。あれから、彼に出会ったあの日から、俺は死に物狂いで、彼の事を調べた。そして、知った、彼の全てを。誕生日は5/4。血液型はO型で家族構成は両親と双子の妹。妹の名前は折原九瑠璃と折原舞流だ。嫌いなものはジャンクフードやレトルト食品で好きなものは大トロ。その他にも身長や体重。住所や電話番号、全部、全部調べた。これで俺が知らない事は何一つ無い。準備が整った、という訳だ。後は、彼に俺を知ってもらうだけ。そうすれば晴れて俺たちは正式に付き合える。だから、俺は彼に俺自身を知ってもらう為に努力した。手紙も送ったし、調べたメールアドレスにメールもした。彼が恥ずかしがって返事はくれなかったが、彼のマンションに直接足を運んだのだから完璧だった。彼も俺の全てを知っている。だから俺たちは晴れて付き合いを始めたのだった。
オートロックの自動ドアをすり抜けて息を切らしてエレベーターの前で立ち止まる。次から次へと点滅していく数字を目で追いながら、俺はにやける口元を押さえた。この場所は知っている。彼のマンションだ。以前、彼の住所を調べるために訪れたが入る事は出来なかった場所。其れがこの場所だったが、ついに、俺は彼のマンションに招かれてしまったという事だ。付き合ってまだ間もない。別にふしだらな事をするつもりなんて無いし、考えても居ない。だが、俺が彼のテリトリーに入れて貰えたことが何よりも嬉しくて、俺は堪らずに、降り始めたエレベーターを待たずに階段を駆け上がった。番号は調べ済み。高層マンションの最上階、部屋番号は疾うの昔に調べ済みだった。
その場所で、彼が待っているのかと思うと、俺はもう、居ても立っても居られない。早く会いたい。臨也。会って、抱き締めたい。俺はその一心で階段を一気に上り切ると、上がった息を整えないまま、ある一室を目指した。かつり、かつり、と広い廊下に自分の足音が響く。今すぐにでも走り出したい衝動を抑えながら、俺はその一室で足を止めた。この部屋が彼の部屋だ。一枚ドアを隔てた向こう側に彼が居る。そう思うだけで心臓が震えた。嬉しくて嬉しくて、たまらない。一刻も早く会いたい。そう思い、インターホンを手を掛ける。ピンポン、と無機質な機械音の後、彼の声がするのかと期待した。が、一分経っても二分経っても彼の声は聞こえず、俺はその場に立ち尽くした。此処に入ったのはこの目で見た。エレベーターに乗り込むのも。だとすれば、彼は絶対にこの中に居る。ならば、何故出てこない。俺が此処に居るのに、何故。俺は頭をフル回転させて、考える。そして、導き出した答えが余りにも的確だった。彼のことだ、また恥ずかしがっているのだ。自分から招いたものの、恥ずかしくてこのドアを開けられない。そう言う事だ。そうなれば、俺が彼の元に行ってあげなければ。きっと寂しがって待っている。彼が泣いてしまう前に、早く抱き締めよう、と俺はぴくり、とも動かないドアノブに手を掛ける。がちゃり、と下にゆっくり、と下ろしたが、ドアは開かなかった。うっかりさんだな。思わず鍵でも掛けてしまったのだろう。そう思うと余りにも可愛くて、俺は隠すこともせず笑みを落とした。
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