ピピピピピピ。忙しなく鳴り響く目覚まし時計の音に浮上する意識。目蓋を閉じているのに、漏れる光に顔を顰めながらゆっくり、と目を開けると、薄クリーム色のカーテンから、光が漏れていた。少しだけ開いた窓から、まだ肌寒い風。カーテンと同じ色の壁に反射した影と、特徴的な天井の模様。まだ働かない頭を寝惚けたまま眺めて、未だ鳴り続ける目覚まし時計を止めた。その瞬間。バン、と音を響かせて豪快に開いたドアから現れた一人の男。おはよう、そう笑った彼は、俺がおはようと返す前に、俺の着替えであろう、シャツとパンツを渡して、慣れた手つきでカーテンを開けた。
「初めまして、シズちゃん。俺は折原臨也。はい、これ、君の日記ね。」
そう言って、手渡された何冊もの日記帳。言ってる事が余り把握できないのだが、とりあえず、ぺらり、と手渡された其れの一ページ目を捲った。何度も捲ったのだろうか、ところどころ破けている其れ。だが、開けば、事細かに書かれた事実を俺は無心で読んだ。
俺と臨也の年表。15の時。高校で臨也と会った。最初は殺したいほど嫌いだった。けれど、何故か惹かれた。付き合いだしたのは24の時。此処まで長かった。好きの意味を知らなかった俺に、臨也は好きを教えてくれた。29の時。一緒に住み始めた。それからずっと一緒に住んでる。もう離れたくない。35の時。養子をもらう。俺と臨也の子だ。名前はサイケと津軽。サイケはあいつで津軽は俺が付けた。息子達はもう別で暮らしている。56の時。急激に物忘れが激しくなった。嫌な予感がした。60の時。臨也の存在を完全に忘れる。生活に支障はないが、一番忘れたくない奴の事を忘れる。俺は最低だ。だが、臨也は俺の傍に居てくれてる。今日もそうだと、願いたい。
折原臨也について。俺が一番好きな奴。顔は綺麗だけど性格は卑屈で最悪。だけど、其処が可愛い。ツンデレを絵に描いたような奴。キスをしてやると喜ぶ。細いから、抱き締めるときは注意する事。食器洗い、洗濯は当番制。サボると殴られるからしっかりやれよ。食事は臨也が担当。筑前煮が抜群に美味い。
そう書かれ、沢山の臨也の写真で飾られて始まった日記帳は、ぺらり、ぺらり、と捲っていく内に、涙で歪んで見れなくなった。もしかして、毎日こいつはこうして、俺が理解するのを待っているのだろうか、そう思うと、益々泣けたが、俺は"臨也"を知る為に、ページを捲る手を止める事は出来なかった。臨也は、臨也が、臨也に、臨也、臨也、臨也。全てのページに綴られている折腹臨也と言う存在。他人の日記を見せられている、そんな気分ではあるのに、何故だか、俺の中を折原臨也という存在が満たしていった。そして、堪らなく愛しい。折原臨也という目の前の存在が、俺は堪らなく愛しかった。涙も鼻水も、止まらない。けれど、"臨也"はそっと俺の隣に腰掛けて、大丈夫だよ、と笑った。俺がもう一度惚れさせてあげるから、安心しなよ。と何処か聞き覚えのある言葉と無垢な笑顔で笑って。ああ、俺は何で、こいつを忘れるんだろう。こんなに、愛しい奴をどうして忘れるんだろう。そう思うのに、無力すぎる俺は何もする事が出来ない。化け物だと言われていたのに。それは覚えているのに。そうして、臨也は、泣き続ける俺を、大丈夫、大丈夫と言い聞かせるように、そっと抱き締めてくれた。2時間、ずっと。朝9時だった時計の針は、もう11時を回っていて、最後の日記を読む頃には昼を疾うに越えていた。5年前から変わらずに使われているメーカーの日記帳。まだ真新しい5冊目の其れの表紙を指先で撫で、ぺらぺらと捲っていく。一ヶ月ほど前から書かれている文面。どうしても昨日の出来事が気になって、最後のページを探せば、他のページより皺の多い最後のページが目の前に現われた。相変わらず汚い文字。けれど、力強く溢れんばかりの愛を鏤めて書かれている文字を、目で追えば、緩くなった涙腺は再び目の前を歪ませた。

3月24日。晴れ。今日は臨也と約束していた釣りに行った。晴れたおかげで海は穏やかだったが、収穫はゼロ。あいつが下手な所為だ。餌がグロテスクで触れないとか抜かしやがるし、普通に散歩で済ませて置けばよかった。だけど、すごく楽しかった。あいつも楽しそうに笑っていた。あいつの横顔が綺麗で、俺はそれだけで満足だ。ついでに、今日の海での写真を撮ったのを貼って置く。写真写りだけはまずまず。明日は、あいつと買い物に行く約束をした。明日が楽しみだ。
今日はキスをした。俺にとってはファーストキスみたいなもんだったが。照れたように笑う臨也はすごく綺麗で可愛くて、ずっと見て居たかった。けど、やっぱり明日の俺は覚えていないのだろう。勿体無い。俺の馬鹿野郎。

3月25日。曇りのち晴れ。今日は臨也と近所のスーパーに買い物に行った。俺はほぼ荷物持ちみたいなもんだったが、行く途中に桜の木が咲いてて、綺麗だった。臨也も綺麗だと笑っていた。落ちてた花びらを一応貼って置く。今日の夕食は俺の好きな筑前煮。あいつの筑前煮は最高だ。明日も食いたいと言ったら臨也は残り物食べてよと笑った。しょうがねえから残り物で我慢する。明日は、花見に行こう。臨也には内緒だ。明日あいつに言って驚かせてやろう、と思う。
最後に、どうせこれを見てる俺は覚えていないだろうが、今日、臨也を泣かせた。けど今の俺はごめん、も言えない。覚えてすらも居ない。だから代わりに此処に書いておく。臨也、ごめん。お前を忘れてごめん。お前を縛り付けてごめん。でもお前を離してやれそうにない。本当に、ごめん。本当は、お前を、忘れたくない。お前が好きだ。好きだ。やっぱり、今日も好きになった。

3月26日。雨のち曇り。雨が降ったが花見に行った。臨也は濡れるからと嫌がったが無理矢理引っ張り出す。桜の木は雨で少しだけ花びらを散らせていたけれど、十分な見ごたえだった。昨日はもっと満開だったのかも知れないが其れすらも覚えていない俺に、臨也は綺麗だと笑ってくれた。帰ってから臨也は、また筑前煮を作った。本当にあいつの筑前煮は最高だ。昨日は残り物で済ませろと書いていたのに。あいつは優しい。明日は肉じゃがをリクエストしよう。それから、臨也と散歩に行く約束をする。近所の公園だけど楽しみだ。カメラは忘れられない。
最後に、今日の臨也は泣かなかった。昨日よりは幸せだったと言う事だろうか。俺には分からないが、明日の臨也も、笑ってくれたらいいと思う。好きだ、臨也。

俺はやっぱり今日もお前を好きになった。






そして致死量の愛を真似る









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