"溺れる人魚"の続きっぽいもの。静(→)←臨なデリ→←臨で、日々也登場。




いい加減鬱陶しくなった、なんて言えば、完全なる嘘になる。俺が愛した人間と同じ声、同じ容姿。唯一決定的に違うのは性格だけ。最初はただ、嬉しかった。ただ、幸せだった。彼と同じ容姿の人間に愛される事で、彼に愛されていると思うことが出来たから。でも、結局こんなのただの茶番だったと言うことだ。毎日この広い東京と言う街を歩いていれば、嫌でも、彼に会う時が来る。その瞬間、俺は残酷過ぎる現実を突き付けられ、この世界は俺が作り出した夢や幻と同じような世界なのだと、思い知らされた。だから、もう、いらない。もう、何も望まない。デリックもシズちゃんも何もいらない。デリックが居るから、俺がきっと彼の存在を忘れられないのだ。こじ付けかも知れない。それでもそう思う事で俺はほんの僅かでも救われるから。デリック、君にはとっておきのプレゼントをあげるよ。

1:33。がちゃり、と開けたドアの向こうにはテレビの話し声とリビングから漏れる光が、廊下の端に置かれた荷物を照らしていた。届いてる。肩を竦めたままマフラーに顔を埋めながら小さく呟き、冷たい風の入り込むドアをゆっくりと閉めると、履いていたブーツをゆっくりと脱いだ。悴んだ足先を床暖で温くなったに付け、荷物の前に、立つ。どうせなら中まで運んでくれればよかったのに。なんて贅沢な事を言いながら、ずしり、と重い大きめのダンボールをたった一人で、リビングに運んだ。よいしょ、と漏れる声。広いリビングの付けっ放しのテレビと、いつもなら盛大に迎えてくれるはずのもう一人の俺の声は聞こえないが、テレビの真ん前に置かれたソファーには見覚えのある真っ白いパンツを纏った足がはみ出ていた。またこんなとこで寝てんのか、こいつは。ひょこり、とソファーを見下ろすとボーカロイドとは思えない程綺麗な寝顔を広げるデリック。風邪を引くなんて事はないのだが、何となく寒々しいので、俺が着ていたコートを頭から被せてやった。それから、ポットの電源を入れてお湯を沸かす。その間に、寝室に居るであろうサイケの寝相を直しに行って、戻って来てからパソコンの電源を付けた。冷えたままの指先を擦り合わせながら、デスクの前に置かれたダンボールを凝視する。俺の意思で注文して、俺のカードで支払いを済ませ、俺がいつも使ってる業者に配送させた。それなのに、何故か来てしまった。などと他人事のように、思った。まるで俺の意思では無いみたいだと勘違いしそうなほど、箱の中の"ソレ"は招かれざるものと言う事なのか。俺にもはっきりしなかった。
そうしている内に、ポットが、お湯が沸いたと知らせる音を鳴らす。はいはい、なんてポットと会話するなんて思っても見なかったが、別に気にする事も無く、用意したマグカップにコーヒーを淹れた。濃い目に淹れた其れを口に含み、鼻腔を擽る独特の匂いと温かな水分で咽喉を潤しながら、目の前のダンボールに頑丈に施されたガムテープをゆっくり、と剥がしていく。べりべりべり、と鈍い大きな音がパソコンの僅かなモーター音や付けっぱなしのテレビの笑い声さえ掻き消した。だが、起きる気配の無いデリック。ほんと、防犯用のアンドロイドだったら、君は役立たずだよ。なんて思いながら上下に開閉するダンボールを開けた。
「……ふーん、これが、……」
同じく眠るようにダンボールの中で綺麗な姿を晒す、其れは人間型のボーカロイド。デリックの次に発売された更に新型である。本当ならば、買う気なんて無かった。多分普通に暮らしていたら、カタログすら手に取らなかったんだと思う。だけど、俺は現に、カタログを手に取り、こいつを購入した。それも全て、デリックの所為。こいつが、俺を愛して甘やかす所為だ。最初から、分かってたつもりだった。こいつは愛する事が仕事で、その為に生まれてきた人間ではないもの。別に俺で無くともマスターであれば誰でも愛せるし、俺だって其れを知っていて、こいつを追い出すこともしなかった。何故なら自信だってあった。俺がこいつにシズちゃんを重ねたところで、シズちゃんとはまったく別物である。現実と幻の違いが分からなくなるほど、俺の頭はイカれてはいない。そう思い続けてきた。それなのに、それは俺の自信過剰でしかなかった、という事だ。今の俺にとってデリックは必要不可欠なものになり掛けている。もはや、依存に近い。無償の愛とこの機械の身体を流れる水の温度。それは全て俺を愛すことの無いシズちゃんの姿に重なり、俺はシズちゃんに愛されてる錯角をする。だが、一度、街に出れば、俺は誰からも愛される事は無い。こんなにも、人間を愛して、愛し続けているのに、化け物のシズちゃんにですら、愛される事は無い。愛を囁かれる事は無かった。だから、もう必要ない。その温もりを知っているから恋しくなる。愛を囁くから、同等の愛が欲しくなる。それなら、何も与えられない方が、幸せだろ?俺はデリックを追い出すことは出来ない。けれど、これなら出来る。デリックの中から、俺を消す事くらいなら。俺にだって、出来る。
かたり、とテーブルに置いたマグカップの中で揺れる真っ黒い水面がそっと、止まる前に、俺は見下ろしたソレに触れた。サイケと似たその表情は、俺とも似てると言うことだ。これなら、きっと、デリックも気に入ってくれる事だろう。そんな事を考えながら、ダンボールの中で眠る"ソレ"を取り出す事無く、付属品のUSBをパソコンに繋げた。その瞬間、変わったパソコンの画面の前に腰掛け、初期設定と書かれた文字をクリックする。時間やサウンド、ネットワーク。大体ゲーム機本体や音楽プレイヤーの設定と同じだ。所詮機械である事は変わりないと言う事を見せ付けられているような気分になるが、それも、もう直ぐどうでも良くなる事だろう。早く起動すればいい。起動が終われば、きっとデリックは大喜びするだろう。サイケも弟が増えたと喜んで、万事解決するんだ。半ば言い聞かせるように、様々な項目が終わった画面を見つめる。残りは言語。スペイン語、フランス語、イタリア語、英語、中国語、日本語。様々な文字で表現された、その中に"無し"と表示された其れは一際俺の目を引く。無し、という事は喋らないと言う事なのだろうか。などと僅かな疑問も浮かんだが、その為に説明書を見るほど、俺はマニュアルは好きでは無かった。無し。その文字一点だけを見つめて、思う。俺も愛を囁けない。それなら、俺と同じ苦しみをこいつにも、なんて。そんな事を思った。俺はもう何も望まない、と決めているのに、やっぱり俺は何かを望んでる。その事が酷く憎くて、そうして、どうしようも無く愛おしくて。俺は迷わず、その二文字をクリックしていた。

"無し"

その文字が設定の最後である事を告げ、モーター音を轟かせながら起動が始まる。10秒、20秒。彼に命が吹き込まれていくに連れ、僅かに放たれる目映い光に俺は目を細めて、其れを見届けた。そして、一分と立たない間に彼の瞳がそっと持ち上がり、黄色い瞳が黒い影を映し出す。それが、きっと俺の姿なのだろう。俺はそんな事を思いながら、その愛らしい姿(俺)をただ見つめていた。
「………おはよう、俺の、代用品。」






腕の中で、片思い









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