※身体の一部が無くなってます。若干グロ表現もあるので気をつけて下さい。




「結婚でもすっか」
照れたように笑うシズちゃんの顔が朦朧とする頭の中に、ぽかり、と浮かんだ。ほんと、幸せそうな顔しちゃってさ。今思い出しただけでも、俺が照れるっつーの。馬鹿シズちゃん。勢いで、うん、とか言っちゃったけど。俺達男だし。結婚出来ないの分かってんのかよ。あの馬鹿。でもシズちゃんなら、それすらもやって退けそうな気がして、俺はどうしようもなく嬉しくなって泣いたっけ。あー、やば、恥ずかしいなあ。シズちゃん都合よく忘れてくんないかな。くんないよなあ…あのシズちゃんだもんなあ。そこまで思って、浮かんでいたシズちゃんの顔が跡形も無く静かに消えた。見渡す限り彼の姿は無い。まあ、当たり前って言えば当たり前。こんなとこに、シズちゃんが居るわけない。ていうか居て堪るか。だって、俺、仕事の最中だし。しかも、これが最後って決めた仕事のね。ヘマして死に掛けてるけど最後位は華麗に美しく俺の容姿みたいに眉目秀麗に決めてやろうと思ってたのに。何て言うかほんと、運悪いなあ。俺って。何もこんな時にこんな風になる事ないのにね。普段の行いが悪かった所為かな、なんて今更後悔してもしょうがないけど。せっかくシズちゃんが結婚するかって言ってくれたのに。俺もう、シズちゃんと結婚出来そうにないや。だって、ほら、俺男だしさ、それに、俺にはもうね、指がないから。別に残念なんて思ってない。誰に言い訳するでも無く、心中でそんな事を思いながら肩から、血まみれのシャツをなぞるように掌で撫でる。二の腕、肘、そして腕を滑った掌にぬるり、と血液の感触がしたが、それから先、俺の掌で触れる事は出来なかった。こんななってたら、血も出るわけだ。幸いな事に痛みは感じないけど、さすがに目が霞んでヤバイ感じだ。ていうかほんとだったんだね。人間って死が近づくと走馬灯みたいに過去の事が見えるって言うけど。ほんとに、シズちゃんの顔が見えた。ってことは、俺は死ぬって事か。別に死ぬなら死ぬでいいけど。せめてシズちゃんの隣で死ねればなあ。なんて脳内で必死に思考を巡らせながら、溢れ出して止まらない血液を止めようと着ていたコートを腕にぐるぐる巻きにした。それでも染み出して止まらない其れに、笑いさえ込み上げて、重くなり血の気が引いていく身体を宛てもなく引き擦って、思う。シズちゃんこれ見たら気持ち悪がるだろうな、とか。俺もう結婚してもらえないだろうな、とか。そんな事思って、なんでか分かんないけど。涙が溢れそうになって、唇を噛んで必死に耐えた。痛みでさえ涙なんて出なかったのに。何でこんな事で涙なんて出てくるんだか。俺ですら分からない。最初から結婚できないって分かってたじゃないか。法律の壁ってもんはでかくて、北欧では結婚出来てもこの国じゃ出来ない。シズちゃんなら海外でも何でも行くって言いそうだけど、どうせそれも俺が費用出さないといけないし。俺の苦労が目に見えてるし、面倒なことばかり、だけど。でも、それでも、やっぱり、結婚したかったなあ。シズちゃんのお嫁さん、なりたかったなあ。なんてね。俺だって思ったりするんだ。何処か他人事のようにそう思って空いた右手で携帯を開く。幸いな事に、追っては無さそうだが、俺が死ぬのも時間の問題のようなので、とりあえず、新羅に電話をした。手がなくなったから今から行くね、なんて電話したらきっと驚くだろうけどそんな事今は気にしてる間も無く、霞む目を服の裾で擦って、新羅に発信するボタンを一押しする。プルル、と機械音の後すぐに、新羅の声が聞こえたが、声を出すのやっとで、掠れた声がすごくみっともなかった。
「…新羅?今さ、君んちの前なんだけど、迎えにきてくれる?…君の部屋までいけるか、自信ないから、」
そう言うと新羅は皮肉たっぷりに、笑った。ような気がした。俺が覚えてるのは此処まで。あー死ぬのかなとか、シズちゃんにごめんね、って言えなかったなとか、目を閉じる寸前まで思ってたような気もするけど殆ど覚えてない状態で。次、目覚めた場所は、自分の部屋だった。
まるで夢を見ていたような感覚の中、目蓋をそっと持ち上げて、見覚えのある天井を眼球だけ動かして見つめた。うん、俺の部屋、だよな。どうやってきたんだろ。ていうか、俺助かったんだ。あの闇医者、大したもんだよ。ほんと。あとでがっぽり医療費請求されそうだけどね。そう思って、状況を把握してからゆっくり、と身体を起こす。多分が麻酔が効いている所為か、全身に軋む感じはあるものの痛み感じずに済んだのは幸いだったが、枕元には大量の消毒液が置かれ、むっ、と込み上げるような匂いが充満していた。うえ、と掠れた声で身体に精一杯の力を入れてベッドサイドから2メートル程離れた、窓までよたよた、と歩く。手首が無いだけで大分バランス取りにくいもんだな。っていうか、まだあるような感覚がする。今にも動いて何でも触れられそうな、そんな気さえして、胸の前で頑丈に固定された左腕を上げてみた。が、やはり、俺の左手は手首からぷっつり、と存在していない。はは、やっぱ無いんだ。俺の手無くなったんだなあ。改めてそう思ったが、別に悲しいとか、苦しいとか、そんな事は思わなかった。そんな事の前に、今は換気がしたい。新鮮な空気を取り入れたい。その意思のまま、漸く辿り着いた、窓を指先で触れて、一気に開け放つ。最上階の所為か、ぶわり、と舞い込んだ風が頬を撫で、宙に髪の毛を攫っていった。
その瞬間。がちゃり、と背後のドアが開く。その音に、咄嗟に声の先に振り返えろうとすると、臨也、と低い声で呼ばれて、足が竦んだ。聞き覚えのある其れは、きっと俺の予想した通りの人物だ。間違ってなければ、確実にシズちゃん、である。その場合、俺は振り返ることは出来ないのだ。だって、どんな顔して、会えばいい。どんな顔して、この手を見せればいい。どんな顔して、結婚できないなんて言えばいい。考え出したらキリが無いほど、俺にはシズちゃんに言わなければならない事が山ほど在って。それでも、どれもこれも、今の状態では言えそうに無い。せめて、もう少し時間が欲しい、もう少し、待って欲しい。せめて、せめて、もう少しだけ。そう思ったのに。この単細胞にはそんなコードな事が出来るわけもなく、シズちゃんはデリカシーの欠片も見せずに俺の部屋にずかずか、と大きな足音を立てて入り込む。そして、怪我の事や仕事の話をすっ飛ばして、おい、と俺の右手を引いて、こっち見ろ、なんて余りにも残酷な事を言った。
「臨也、こっち見ろ、顔見せろよ」
「……、無理、見たくない。あっち行ってよ。帰って。ていうか、何でシズちゃん居んの?俺シズちゃん呼んだ覚えないし。心配とかしてんなら余計なお世話だよ。シズちゃんに心配される義理なんてないし。だからさ、ね、帰って。」
普通、といえば普通の返答ではあるが、自分でも分かるほど、今日はやけに饒舌に吐き出された毒がシズちゃんへと向けられる。こんな事では帰らないとは俺が一番知っているが、こうでも言わないとシズちゃんに同情されそうで怖かった。同情なんて俺が欲しい物ではない。ただ、もう少しだけ、時間さえくれれば、俺はちゃんと言えるから。ねえ、シズちゃん、お願いだから帰ってよ。握られた左手を振り解くように、引く。だが、シズちゃんの手はその程度で離れる物ではなく、寧ろ掴まれた力は強くなった。なんだよ、もう。離してよ、馬鹿シズちゃん。お願いだから、ねえ、離してよ。何で、俺に、時間をくれないんだよ…俺はただ君ともう少しだけ、こんな関係で居たいって思っただけなのに。俺には其れすらも許されないなんて。酷いよね、シズちゃん。君は、ほんとに、デリカシーが無くて最低で馬鹿力で。それでもかっこよくて優しくて、俺の大好きな、化け物だよ。でも君が待ってくれないなら、俺も覚悟決めないと。最後くらい、君が好きで居てくれた俺じゃないといけないよね。
「臨也、」
「あのさあ、シズちゃん。俺さ、君と結婚できないよ。俺男だし、君も男だしね。其れに君と結婚したら身体ボロボロになりそうだし。俺はもう苦労したくないんだよね。もう見ただろうけど手もこんなだし。ほら、君なら宇宙人とかと結婚できそうじゃん。だから俺じゃなくてもさ」
君なら大丈夫だよ、そう言おうとした所で言葉を遮るようにぐい、と引き寄せられて抱き締められる。途端に、何も感じないはずなのに、ずきり、と熱く痛み出す全身に目頭が熱くなった。泣きたくない、泣きたくない。君にこんな汚い顔見せたくない。そう思うのに、耐えられそうに無い其れに顔が歪む。いつも、こうだ。こんな俺を抱き締めて、優しく撫でる両腕。ずるいよ、君は本当にずるい。俺だってこんな事言いたいわけじゃないのに、全部分かってるみたい顔してさ。俺のこと包んでしまうんだから。君は本当にずるい。せっかく、決心した事も揺らいでしまいそうなくらい、君の抱擁は温かくて、力強くて、優しくて。
「…俺が結婚するつったらすんだよ。てめえに決定権はねえ。お前は俺と結婚する。」
「、でも、もう俺指輪出来ないし。ほら、結婚指輪する、指無くなっちゃったしっ…君はそういうの大事でしょ?指輪とか、して欲しいって前言ってたじゃんっ…」
「それなら、右手ありゃあ十分だろ。右手にしろ。」
「じゃあ、っ、右手なくなったらどうすんのさ、きっと右手もその家無くなるよ。俺、危ない事ばっかしてんの知ってるでしょ…っ」
「なら、足にしろ足に。足も無くなるってなら、首にしてろ。」
「っ足、は困る………で、でも、セルティみたいに、なったら、」
そう其処まで言うと、屁理屈ばっか言ってんな、とシズちゃんは笑う。さすがに苦し紛れなのがバレたようだ。だって、まさか、決定権が無いなんて言われるとは思ってなかった。さすが平和島静雄クオリティ。でも、それを喜んでる俺も俺だ。だってさ、君に許されるなんて、思ってなかったんだよ。ましてや前みたいに、こうして、顔にちゅ、と小さく唇を落とされたり、顔に掛かって涙で少しだけ湿った、髪を指先で避けられたり。そんな事されるなんて、思ってなかったんだもん。これだから、君は馬鹿だって言われるんだよ。俺みたいな欠陥品、捨ててしまえばいいのに。君はまたこうして俺を拾い上げて、どうしようもなく死ぬほど恥ずかしいプロポーズで、俺を修復してしまうんだね。ていうか、それ俺以外に言ったら、絶対断られるし。でも、俺だから許してあげる事にする。だって、心身ともに俺は弱ってるしさ。其れくらいの言い訳、きっと君はさせてくれるよね。俺の旦那になってくれる位の、馬鹿だもの。
「俺がてめえの左手でも右手でも足でも首でもなってやっから、心配すんな。安心して俺の隣で笑ってろ、分かったか」

こんな風に、君が笑うから。俺は君から離れてあげられないんだよ。






左手に耽美









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