もうすぐ24時間になる。正確に言えば、23時間21分47秒、48秒、49秒。あ、50秒になった。何の時間の経過なのかなんて言いたくも無いが、敢えて言うんだとしたら、シズちゃんが口を聞いてくれなくなって、だ。あの単細胞で馬鹿なシズちゃんがだよ?この俺と、一言も話をしないなんて。明日世界が終わるね。っていうか、地球が爆発するよ。まあ、こうなった理由は、と問われれば全部原因は俺にあるんだけどさ。それでもこんな仕打ちは酷いじゃないか。ほんのちょっとした出来心だよ、出来心。シズちゃんか黒髪になったらかっこいいなあって思ったから、シャンプーにちょっとだけ染髪剤を混ぜてやっただけ。あとはシズちゃんがそのシャンプーを使うか使わないかはシズちゃんの問題なんだけどなあ。まんまとシズちゃんはシャンプーを使ってくれた。ほら、かっこいいシズちゃんの出来上がり。はい、おしまい。俺にとったら、その程度のお遊びのつもりだったし、いつもの俺の所業に比べたら可愛いもんだと思うけど。シズちゃんは違ったようだ。触れてはいけないものに触れた、というか、シズちゃんの逆鱗に触れてしまった。まず、バスルームからの叫び声が第一打。それから上がってきたほかほかのシズちゃんにブチギレられて第二打。そして、その瞬間から口を聞いて貰えなくなって、第三打。極め付けは、この静寂、ホームラン。(プライスレス、的な)
ねえ、と掛けた声にすら一切反応は無い。ただただ、じりり、と煙草の先端に紅く灯った火が、少しずつ煙草を燃やし、居た堪れないほどの空気が俺の周りを取り巻いた。喧嘩吹っ掛けてみてもダメ。甘えてみてもダメ。こうなったらセックスで釣ってやろうと思ったが其れもダメで、昨日なんて、一緒に眠る事すらなかった。もう分かったよ、しずちゃんが相当怒っているのはちゃんと理解した。正直に言えば悪いのは俺だってのも分かってる。全部、全部、俺の所為。それは認める。ほんとにほんとに、ほんとーに、俺が悪かったと思ってるよ。でもさ、シズちゃんも大人気ないと思うなあ、俺は。だってさ、金色の髪が黒になっただけで戻そうと思えば幾らだって戻せるし。今の時代ブリーチなんて、1000円も掛からないで出来るんだから貧乏なシズちゃんにだって、出来るでしょ?後ろが出来ないっていうなら償いにでも俺がやってあげるしさ!それくらいはね、罪滅ぼしくらいしてあげるよ?まあ、毛根が死んでシズちゃんが禿げる、って可能性もあるけど、そこまでの面倒は俺は見切れない。ていうか寧ろ禿げたらいいし。俺と口聞いてくれないシズちゃんなんて、つるっつるに禿げたらいいんだよ。
はげ、ばか。死ね…。
心の中でそんな事を呟きながら、ちらり、とシズちゃんの顔を見上げる。何本目かの煙草が咥えられた唇をじ、っと見つめて、綺麗に通った鼻筋に視線を移す。その辺りから見える、猫っ毛の柔らかそうな髪は何時もならばきらきら、と光り輝くのに、今日は闇のように真っ黒に染まって、余計に彼を艶やかにしていた。瞳とのコントラストもかっこいい。やっぱり、俺の予想通りじゃん。などとひっそり、と腕の中で呟き、膝に顔を埋める。ひやり、と冷えた足の親指を弄びながら皮膚を擦り合わせ、静寂に響くテレビからの笑いに耳を済ませた。面白くも無いテレビ見て何が楽しいわけ。そんなの見るより俺を構った方がよっぽど楽しいし。ていうか、何様なわけ?シズちゃんの分際で、俺の事シカトするなんて。俺がこんなに、こんなに寂しいがってんのにさ…。ばかじゃないの?ねえ、ほんと、やばいよ。シズちゃん。気付いてよ。俺死ぬかもしんない。何か苦しくなって来たし。シズちゃんにシカトされたまま死んじゃうかもしれないよ?そしたら、シズちゃん刑務所だし。そうなったら困るのシズちゃんなんだからさ。許してやるよっていつもみたいに笑ってよ。俺がこんな悪戯するの何時もの事じゃん、ねえ。ねえってば、シズちゃん。
声に出したくても出せない声にどうしようもなく泣きそうになって、ぐっと、掌で作った拳に力を込めてシャツを握り締め息を吐き出す。痛む鼻の奥を誤魔化すようにぐしぐし、と擦って、その辺に有ったクッションを取ってやろうと、がばり、と顔を上げた瞬間。シズちゃんと目が合った。う、と息が詰まる。黒い髪が揺れ、見え隠れする、ブラウンの瞳に俺が映っていた。やばい、泣く。そう思って、かち合った視線を瞬時に逸らしてクッションを引き寄せる。すると、シズちゃんのおっきな掌が目の前に迫り、咄嗟に目を閉じた。殴られる。そう思ったが、走るはずの痛みは俺の頬には無く、代わりに、ふわり、とした、彼の香水が仄かに香る。そして、ぐいっと腕を引き寄せられて、くしゃくしゃ、と掌が俺の頭を撫でた。触れられた頭も腕も、抱き締められた全身も熱い。うわ、もう、無理じゃん。唇を噛んで、シズちゃんの胸にしがみ付く。込み上げそうになる其れを必死に堪えて、ごめん、と消え入りそうな声で、とりあえず、(もう一度言うけど、とりあえず)謝り、彼の真っ白な首筋に顔を埋めた。シズちゃんに聞こえたか聞こえなかったかなんて知らない。けれど、よしよし、と頭と子供をあやすみたいに指先が髪に触れたので許されたのではないかと勝手に解釈してみた。(見事に間違っては居たけれど)
「…ごめん、じゃねえだろ。ごめんなさいだろーが」
何こいつ。まじで何様。口を突いて出そうになった言葉を飲み込むように口を噤む。ここでそんな事言ったらまたシズちゃんの機嫌を損ねかねない。それに、シズちゃんなら、静雄様、なんて真顔で言うのは目に見えていた。(こう見えてシズちゃんド天然だし)だから、素直に従っておく事にしよう。何度も言うがこれは俺の意思じゃないからね。全くもって不服だが、仕方なくだから。ごめんなさい、と目を伏せて、そっと耳元で告げる。そうすると、シズちゃんは、やれば出来るじゃねえか、と俺の身体をぎゅうぎゅう、と力いっぱい抱き締めた。苦しい。肺が潰れる。そう思ったけどそれ以上に腹が立つくらい嬉しいやら、悔しいやらで、抱き締められた身体を離すことは出来なかった。その上、罵る事も出来やしない。くそ、なんか。丸め込まれた気分だ。いや、悪いのは最初から俺だけなんだけどさ!それでもこの俺が言いなりになるなんて!有り得ない。それに俺の事泣かしたのシズちゃんじゃん。よって本物の悪者は彼だ。間違いない。だからこの怨み、晴らさないと駄目だよね?ねえ、シズちゃん。それが君自身であってもさ。もう頭の中ではシズちゃんへの天罰のシナリオは完成している。準備はすぐ出来るし。あとは君がまたお風呂に入って全身を洗ってくれるのを待つだけだよ。嗚呼、楽しみだなあ。楽しみだなあ!君の下の毛が君の頭のみたいにきらっきらに輝いてる所を想像するだけで、ぞくぞくするよ。などと想像に想像を膨らませながら、俺は彼の背中越しに笑みを深めた。
ねえ、シズちゃん。俺の恨みって相当怖いんだよ?知ってた?知らないよね?だって、君は俺が愛した唯一の化物だもんね。

だが、この時の俺は、起した罪の報復に下の毛を全部剃られるなんて言う最悪の事態に陥る事をまだ知らなかった。






ローズマリーが囁くの









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