戦争の束の間。ほんの僅かな時間を、俺達は共に過ごす。時間にすれば一日の四分の一も無いことだろうとは思うけど。その時間ですら、俺に深く刻み付けられるのをシズちゃんは知らないでしょ。まるで愛し合ってるみたいに抱き合って、甘ったるい口付けを何度も、何度も、何度も繰り返して。君に聞こえない声で、何回だって好きだって言ってるのを君は知らないでしょ。知られてはいけない事実だって分かってる。墓場の底まで持っていかなければいけない事実だって。でもたまに、泣きそうになるんだ。咽喉の奥が痛くなって、いっそ、その唇で噛み切ってくれたらいいのにって、思うんだ。でも、君は其れすらもしてくれそうにないから、今日も君を抱き締めるよ。そして、君に届かない声で、好きだって言うから。ねえ、まだ隣に居る事を、少しだけ許してよ。

真夜中。薄暗い室内に目を凝らすと窓から吹き込む風でカーテンが揺れていた。時計は見えないが、カーテンの隙間から覗く空を見る限りはまだ朝にはなっていないと分かる。変な時間に起きちゃったな、と掠れた声で呟く。静寂の中で、自分の声以外、聞こえると言えばパソコンのモーター音くらいで、暗闇に慣れない目を凝らして、寝返りを打った。熱を感じる方へそっと、そっと、指先を伸ばす。目を凝らした先の黒い影が彼である事は確かなはずなのに、確信がなくて、静かに白い肌に指先で触れた。滑るように人差し指で一撫でして、親指の腹を這わす。なぞるように、頬から唇に指先を滑らせ、柔らかな其れに口付けを擦る様に触れた。途端に、ん、と寝息のような声に、肩を揺らす。咄嗟に手を引くが、殴る為の拳は飛んで来なくて、ほっ、と詰まらせた息を吐き出して、数センチ空いた、空気の隙間を埋めた。
月の明かりに浮かび上がる整った顔が一つ。その表情は酷く穏やかで、触れた指先から伝わる体温は何処までも温かかった。俺の指先とは別の物のようだ。同じく生きてるはずなのに、君は何処までも温かくて、化け物の癖に愛される。それが憎いと思ったときもあったが、今ではそんな君でさえ、好きで好きで、好きで、堪らなかった。例えば、きっと弟に整えろと言われてるのであろう眉毛とか。アルコールを飲むと赤くなる目蓋とか。無駄に女の子みたいにばさばさの長い睫毛とか。高くて通った鼻筋とか。セックスすると紅潮する頬とか。意外と厚ぼったくて柔らかくて、でもたまにかさかさしてる唇とか。血液の流れ、鼓動を打つ首筋の頚動脈とか。数えればキリが無いくらい。君の全てが好きだよ、シズちゃん。引っ込めた指先を再び伸ばして、好きなとこを数えるように触れていく。触れれば触れるほど、好きなところが増えていって、俺を占領していく。恋焦がれるのは嫌いじゃない。でも、増えれば増えるだけ咽喉元が狭くなるように息が詰まって、眉を顰めた。
「ねえ、シズちゃん……」
すきだよ、すきだ、だいすきだよ。声には出さずに、心の中で唱えて、触れた指先をゆっくりと離す。その瞬間、ブランケットの下から伸びてきた、俺の掌ではない掌に指先を拘束された。なんだよ、と俺の声みたいに掠れた寝起きの声が少し高い位置からして、顔を上げる。きらきらと光る髪の毛の色と似た瞳に俺が映っていた。その声に答えるように、なんでもないよ、と口端を持ち上げて、首を振る。そうか、と問い掛けたのか、それとも断言したのか分からない声に、うん、と頷いてみせるとそっと、触れられた指先が掌から解放された。そして、優しく、優しく、包むように、頬っぺたを温かな指先と掌で包まれる。はっ、として顔を上げると、抱き寄せられるように、腰を引き寄せられて、泣きそうになった。す、と吸い込んだ空気の中にはシズちゃんの匂いがいっぱいで、押し出されるように目頭が熱くなる。泣いてはいけないと分かってるから泣きはしないけど、誤魔化すように、暑苦しいよ、シズちゃん、と呟いて、剥き出しの肩に額をくっつけた。シズちゃんは、そうか、とだけ、呟く。それ以外、俺を突き放すことはしてくれなくて、混ざり合うように、溶け合っていく体温が俺の息を止めた。いつもなら気色悪いって起こるのに、こんなの変だよ、シズちゃん。本当ならば俺からそう言わなければいけなかったのに。詰まった言葉は吐息となって、シズちゃんの胸元から聞こえる鼓動の音に掻き消された。
「まだ、夜中だろ。寝とけ、」
な、とあやすように笑ったような声がする。肩に触れた頭を引き寄せるように髪を梳かれて、込み上げた涙が、頬を流れて、シーツを濡らした。声を殺して、静かに嗚咽を吐き出す。きっと朝になれば彼は居ない。だからいつも寝ないし、寝たくないと思っている。見送るときは、寝たふりをして、いってらっしゃい、って、心の中で囁くのが好きだから。それなのに、重くなる目蓋に逆らう事が出来なくて、俺はゆっくり、と目蓋を閉じる。だって、余りにも君の胸元の体温が、擽ったくて、温かくて、心地いいんだもん。しょうがないよね。今日だけは、その君の温もりに甘えることにするよ。君が俺の隣から居なくなって事は知っているけど。その時まで、その時が来るまで、君の隣に居る事を、少しだけ許してよ。






燦々と、花びらが死に急ぐ









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