未だに唇の柔らかな物体の正体は分からないが、その物体は次のアクションに移ったらしい。中からぬるっとした新たな物体が出て来たのか歯列をなぞられ、歯をこじ開けられる。本気で噛み切ってやろうかとも思ったが、無駄な事は極力避けたいと、俺の脳は弾き出したようだ。されるがままに、口を僅かに開けると温い液体が咥内に流し込まれる。人肌に温められた水みてえな。正にそんな感じだと思ったが吐き出す事は出来ずに、飲み込んでしまった。喉がゆっくり、と上下し温いそれが流れて行くのが分かる。改めて気持ちわりいと思ったが今更吐く事も出来ずに、俺は眉を寄せた。不快な事ばかりだ。臨也に助けられたのもそでるのは掌だ、これも多分。ガリッ、て何だガリッ、て。よし、とりあえずこれは置いておこう。このマシュマロも何なんだ。柔らけえのは確かだが。確かめるようにべろり、と舐めて見たが味はない。つーか、そもそもこのシチュエーションなんなんだ。いくら巡らせても行き着く先の見えない思考に、俺はすぐ投げやりになった。いや、成うだが、このぬるぬるの感触もさっきの液体も。もはや、八つ当たりにも近い。が、何かに八つ当たりしなければ俺の気が済まなかった。飲み下した液体に喉を鳴らしてから間を置かずに、ぬるぬるとした物体に噛み付いて見せる。噛み切ってしまわない程度だが痛みは確実に感じるであろう強さにその物体から更にぬるっとした液体が染み出て来るのが分かった。これは面白い。まるで別の生き物のようだ。そう思いながら、正体を確かめるように舌を絡める。こりっ、とした感触に染み出る液体は体温と同じ程度。痛みを与えると液体が増して、口の中がぬるぬるになった。
その感触ですら俺を駆り立てる。新羅の病気が移ったようだとぼんやり思う。解剖してえとは思わなかったがこんなに興味を惹かれるとは。そもそも何なんだこれ。臨也が作り出したのか?あいつなら、有り得るな。でも何か持ってるような素振りは無かった。掌は俺の目を未だに塞いで居るし、影を落としているのも感じる。あれ、じゃあこれは…。こんな時だけ答えは行き着いてしまうのか。自分でもって頭わりいのは分かってる。だからこそ、今も答えは出ないままで良かったのだが、しょうがない。行き着いてしまったのだから俺は居るのか居ないのかも知らない神の悪戯に唖然として、噛んでいたその物体と言うか臨也の(認めたくないが)舌を離した。ぷは、と小さな吐息が吐き出され目の前に落ちていた影が遠ざかって行くのを感じてそっと瞼を持ち上げる。やはり俺の視界の先には口元を抑えた臨也が居て、俺は舌打ちをしようと、した。だが、する気を奪うような表情をしていた。
あの臨也が、だ。予想は何となくしていたつもりでいた。気持ちわりいとか罵られて鼻で笑われるくらいの覚悟位は。(まあ、されたらされたで殴るけど)しかし、其れは俺の予想を遥かに越えた、リアクションだった。何度も言うがあの臨也が息を上げて、顔を赤く染めているなんて誰が想像出来る。出来る訳もないだろ。寧ろしてたら気色わりいし、このリアクションを見せる臨也に引いても可笑しくねえ。(実際には引いてないが)其れにも関わらず、臨也はそのリアクションを俺の目の前に隠すこともしなければ、惜しげもせず、晒して見せてあるのだ。
「…っ信じらんない…まじでシズちゃん。何してくれてんの…っ最悪っ」
ごしごしと口元を服の袖で拭く仕草が生々しい。あー、俺臨也とキスしたのか、と事実を押しつけられて居たが不思議とキレる気にはなれなかった。なんだこれ。あー、あれか。天変地異の霹靂か。明日世界が終わるのか。そうだ、多分そうなんだろう。そうでなければ考えられないし。其れ以外ない。俺は妙な説得を自分自身に繰り広げ、世界の終わりに思いを馳せた。
「……っ、君が素直に薬飲んでればこんなことにはならなかったんだよ。ていうか、キスとかじゃないから人工呼吸みたいな?シズちゃんの分際で、人間様の俺にキスとか無いでしょ。まじないから。」
んな、必死に言い訳しなくてもキスだなんて思ってねえ。いや思ってたか。つーか普通にキスだろ。キス以外の何物でもねえだろ。そう喉の寸前まで込み上げた言葉を奥歯で噛み殺しながら、臨也のリアクションを眺める。早口で捲くし立てるようなその仕草は何時ものように腹立たしさ100パーセントではあったが、その中にもまだ可愛げがあるように思えた。可愛げつーか面白ろがってるところが殆どだが、それでもこんなこいつを拝めるなんざ奇跡に近いし。幾らかはマシな事は紛れもない事実で俺は口端を僅かに持ち上げた。臨也はまだ、言い訳みてえな事永遠とほざいてやがる。そんな顔で言われても全然説得力が無いことが分からないのだろうか。まるでガキみてえで可哀想な程だとまで思ったが、まあこいつは変なとこ抜けてるからな、昔から。とりあえず教えてはやらないで置こうと思いながら、俺は身体を起こして、煙草の箱をポケットから取り出した。さて、これからこいつをどうしてやろうか。煽ったのもこいつだが何より今の顔が一番そそる。そう思考を巡らせながら、ぎゃあぎゃあ、と五月蝿い臨也を見上げる。赤茶色の鮮やかな瞳に反射した光が俺を映し出して、何となく綺麗だと思いながら、掌で喚く唇を塞いでそっと細い指先を引き寄せた。闇に紛れては居たが耳の縁が赤くなってるのが分かって俺まで何故か顔が熱くなる。そのまま再びキスしてしまうのでは無いかと思う距離まで臨也を抱き寄せた。が、途端に強烈な痛みが俺の臑に走り、思わずうあ、と声を上げてしまう。何度も言うが化け物とは言え、痛いもんは痛い。しかも不意打ちは特に、な。
「俺これから仕事。だからあっちの部屋に居る……まだ悪いなら、寝てもいいし」
良くなったら帰れば。悶える俺を見下した、臨也がそう言って離れていく。決して惜しいとは思わなかったが、俺は何も言わずにおずおずとソファに横になった。具合は悪くはねえ。だが、臨也に帰るなと言われているような気がして。(言い訳のようだが)強ち間違っても無さそうなのが怖えとこだと思った。無言のまま、ドアの向こうに消えていく背中を見つめ、ガチャリ、と閉まったドアに溜息を吐き出す。見上げた天井にどうしようもなく叫びたくなったが、衝動を堪えながらソファからはみ出す足を縮こめた。臨也はどんな表情をしてたのだろうか。キスをした時見ていれば良かったなんて過ぎる思考に首を振りつつ、俺は静かに目を閉じる。寝ろ、と言われたが眠れそうに無い。先程の舌の感触や体温。思えば鮮明に俺の身体に焼き付いて居て、ただただ、俺の中を乱していた。嗚呼、夜はまだまだ途方も無く長いみたいだ。






ロンドン塔が炎上するの









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