見上げた天井に見覚えはなかった。頭も痛てえし、身体も押し潰されたみたいにだるい。起き上がる気力も無く、俺は再び目を閉じて自分の行動について考えてみる。何だっけ。朝から取り立ての仕事が三件入ってた。しかも今日は聞き分けが悪りい奴ばっかで少し手こずったお陰で上がったのは二十一時過ぎ。それからたまには酒でも飲もうかと一人で適当な居酒屋に入った。別に誰かと一緒でなくていい。まあ、其れ以前に俺にはそんな仲間と呼べる人間など一人もいないのだからそんな物悩む必要もないのだが。そんな事より、今大事なのは俺が何をしてきたかという問題だ。居酒屋に入ってそれから、まず最初にビールを頼んだ。其れを飲み干して直ぐに二杯目を注文した。確かカシスウーロン。酒は弱くねえが、多分今日は調子が悪かったんだ。そう言うことにしておこう。早々にこの辺から記憶がない。と言うことは其処で俺の身に何かあったのだろう。次に気が付いた時にはもうこの場所に俺は居たのだから。考えてもみたが結局見当たらない答えに思わず溜め息を吐き出す。ゆっくりと身体を起こして事の事態を整理しようと静かに身体を起こすとぐらり、と視界が揺れた。まだ全然酒が残ってるみたいだ。改めて感じる吐き気に口元を押さえて辺りを見渡した。窓の外に広がる夜景と綺麗に片付けられたデスク。目の前のテーブルにはコップ一杯の水と錠剤の薬。それからチェスと将棋とオセロの駒が一纏めにして置かれていた。嫌な予感ってもんは大体当たる。しかもこういう時に限って、だ。俺は、その駒に見覚えがある。イコール行き着く先はあいつしか居ないと悟った。
「………まじか…」
掠れた声がアルコール臭い息と一緒に唇から零れ、部屋に紛れるように静かに消えていく。頭を抱えたくなるような衝動を何とか抑制し、小さく舌打ちを放つと背後から声がした。まじだよ、と。誰に問い掛けた訳でもないその言葉の答えに、俺は驚くでも無く後ろを振り返る。背後に影を落とし不敵に笑みを浮かべる、その姿はやはり、臨也だ。何が悲しいって、声で分かってしまうのが一番残念なところでもある。本日二回目の舌打ちと共に無性に腹が立つその笑み殴ってやろうと心に誓い、立ち上がろうと息を吐く。膝に力を入れて体を起こし、胸倉を掴もうと掌を伸ばすと俺の世界は反転した。ぐらり、ぐらり。視界が揺れて、俺はソファに逆戻りする。あーあ、と臨也の声が頭上からして、更に腹立たしさが増した、が吐き気の方がそれを上回った。何だこれ。どうしたらこんな風になれんだ。まさかこいつが薬を盛ったとか。有り得る。つーかその線が一番濃厚だ。脳味噌が震えるみたいな感覚の中で懸命に思考を巡らせ、答えを導き出そうとする。だがその答えは案外簡単に明かされるものだと俺は知らなかった。
「あのさ、シズちゃん。君が勝手に俺んち来たんだからね。しかもエレベーターの前で寝るし、此処まで運ぶの大変すぎて本気で殺したくなったよ」
ていうか殺さなかった俺を褒めて欲しいくらい。悪ぶれる様子もなく臨也はそう吐き捨て、見下ろした俺の目の前にしゃがみ込む。眼球ですら動かすのが億劫になったがその仕草を目で追い掛け、眉間に皺を寄せると臨也の指先がこつこつ、とガラス張りのテーブルを弾いた。白い錠剤が二粒。臨也の指先は其れを指している。飲めと言われているのは自ずと理解出来た。だが、臨也が進めてきた物など飲めるはずもない。本能的にそう思ったのもあるが、昔からのこいつの行いを思い出せば、その錠剤が安全だと言う証拠はゼロに等しい。これは俺だけじゃなく、もしこの場に新羅や門田が居れば同じ答えを導き出して居ただろう。と言うことは、だ。一刻も早くこの部屋から出ることが最良の手段になる。今日は臨也を殺す程体力も残ってねえし、こいつも自分んちじゃ、俺を殺すこともねえだろうしな。(多分)無言を貫き通した俺に痺れを切らしたように、飲みなよ、これ、と臨也は顔を覗き込む。シズちゃんは馬鹿だけどこれが何か位は理解出来るでしょ。せっかく用意したんだから飲んでよ、とわざわざそう付け加えるこいつはまじで一々腹が立つが、拳を作った掌を振り上げる事無く、俺は臨也の顔面を目掛けて身体を起こした。まだぐらぐらする。思わず口元を押さえ、わ、と小さく声を漏らして後ろによろめく臨也は放って置いて、静かに溜息を吐き出す。と同じタイミングで目の前からも同じ溜息が吐き出された。
「だから君は馬鹿だって言われるんだよ。毒なんか入ってないし素直に飲めば楽になるのに。」
誰が手前の言葉なんか信用出来るか。そう吐き捨ててやりたかったがその言葉すらも出てこない。まるで脳味噌に電極でも付けられてる気分だ。三度、ソファの上に逆戻りし、規則正しく並んだ天井を見つめる。隣からは再び溜息の気配がしたが、何だかんだと言っている余裕なんてものは完全に俺の中から消え果て、この醜態に小さく舌打ちをした。すると、しょうがないね、と臨也の声が独り言のように静かに響く。かと思えば、視界が塞がれ、ガリッ、と耳元に何かが砕けるような音だけがした。瞬間、数秒も置かずに唇に柔らかな物が当たる。例えるならマシュマロみたいな感覚だと思ったが冷静になれ、俺。この状態を把握しろ。目の前には多分臨也。視界を塞いらざる得なかったと言っておこう。だが、それも直ぐに間違いだったと気付かされることになるのをまたもや俺は知らなかった。


次へ




×
「#甘々」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -