部屋中にガンガンに付けられたエアコンの風にカーテンが靡く。同時に作動させている加湿器によって放出される目には見えない水蒸気が、部屋中を潤していた。本当であれば、鳥の囀りでも聞こえれば最高だけど、それもこの高層マンションでは叶わないし、第一、分厚いガラスに阻まれて、外で唸る風の音すらもこの部屋には届かない。到底、御伽噺のよう、とはお世辞にも言えない光景ではある。しかし、しかし、だ。俺にはそんな事はどうでもいい。何時までも鳴らない目覚まし時計と、カーテンから漏れる優しいとは言えない激しい朝日の日差し。それから温もりを蓄えたふかふかのベッドとそして、シズちゃんが淹れてくれたインスタントコーヒーの匂いさえあれば、それは俺にとって最高のプレゼントへと変わる。文句なんて一つも出るわけがない。
鼻先を掠める匂いに無意識にぴくり、と身体が反応する。もう条件反射のような其れは浮上させた意識を覚醒させるかのように目蓋を震わせた。カーテンみたいに仕切られているはずの視界の先には僅かに白んだ闇が見える。目を開けたら絶対眩しい。俺の部屋のインテリアや配置を覚醒しきっていない頭の中で想像して、その光景を想像すると、眉間に皺が寄った。本能的に目蓋を持ち上げることを嫌がる身体に鞭を打って、ぐしぐし、と目を擦る。そうして、温もりを残すブランケットに包まってつま先をぴん、と伸ばせば、ふわり、と身体を抱き寄せられた。


朝起きたら、シズちゃんが津軽になってました。


「臨也、起きて」
甘ったるい程の声色をしたシズちゃんに、うーん、と唸ってみせる。すると、聞こえるシズちゃんの笑い声が耳にあまりにも心地いいものだからこのまま二度寝でもしてやろうか、などと思ってしまう。しかし、俺を抱き締める腕は其れを許す事はなく、頭まですっぽりと包まったブランケットを奪おうとした。いやだいやだ、と奪い取られそうな其れを力いっぱい引っ張り上げる。そうする事で何時もの流れでは、このブランケットは真っ二つに引き裂かれてゴミ箱逝き確実になる訳なのだが。今日に限ってブランケットはまだ原型を留めたまま俺の腕の中にしっかりと残っていた。あれ、おかしいな。何時もの怒鳴り声も聞こえないし、甘すぎるほどの腕は俺をまだ抱き締めたままだ。更に臨也臨也と擦りついて来るなんて、滅多に見れないっていうか。気持ち悪い。シズちゃんじゃないみたいだなあ。と暢気に思いながらブランケット一枚隔てたシズちゃんの身体を抱き返す。そろそろ顔を見せてやろうか、なんてもぞもぞと身体を動かしてトンネルの先のように開いた出口から顔を出せば、見覚えのある顔がにこやかに俺を見つめて笑った。
「……え、…」
思わず漏れる声に、シズちゃんの首が左に傾く。そうして、俺も同じ方に首を傾けると、シズちゃんと同じ顔であっても別人である、彼の頬を思いっきり引っ張った。
「…津軽、何してんの。シズちゃんは?」
俺がそう言うと、痛い痛いと、でかい犬みたいな顔をして、分からないと首を振る。分からないとはどういう事なのか。全く、もう。油断するとこういう事するのはこいつら同じ行動を取るから手に終えないよ。とりあえず、俺の身体を抱き締めたままの津軽から身体を引き剥がして、ベッドを出る。床に散らばったシャツを拾い上げて腕を通し、振り返れば、見るからにしゅん、としてます、と言うオーラを纏った彼が居て、何故か溜息が出た。あのさあ、シズちゃんと同じ顔してそういうのやめてよね、マジで。何か甘やかしたくなるって言うかなんていうか。すっごい不本意だけど。其処まで思って、言葉より身体が先に動く。ああ、もう、とおっきな独り言みたいに唇から言葉を漏らして、よしよし、と頭を撫でてやる。シズちゃんと同じ毛質をした金糸は、さらり、さらり、と指先に絡み、見る見るうちに、俺の指に馴染んだ。シズちゃんじゃないのに、シズちゃん、みたいな、不思議な感覚に思わず、ふふ、と笑みが零れる。そんな俺の声に弾かれたように上がった津軽の顔は、昔CMで見たチワワみたいな顔で、俺は腹の底から本格的に声を上げて笑った。今の内に写真を撮っておこう。それで、シズちゃんだと偽ってネットに流してやろう、そう思って俺にしがみ付いてくる津軽の身体を抱き締めて、丁度近くに放り投げてあった携帯を手にする。言っておくけど、俺が寝てる間に勝手に居なくなる、シズちゃんが悪いんだからね。そう思いながら、ねえ、津軽、と俺は彼の顎を掬い上げ、そうして、いい顔をしてる津軽の写真を好きなだけ、携帯の中に収めるのであった。

シズちゃんが来るまでのこんな朝も悪くない。






恋する朝 〜津軽の場合〜









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