腐男子、静臨と新羅。




恋ってものは、俺の想像を絶するほどに、きゅんってしたり、泣いたり笑ったり、喧嘩したり、そういうものだって信じてた。現に俺が描いて来たそれらの恋は泣いたり笑ったり喧嘩したり、そうして仲直りして、やっぱり好きだよってまた笑ったりするような、そんな幸せを描いて、描いて、描いて、この二人を世界一幸せにして来たつもりだった。新羅の描く其れも然り。シズちゃんが描いてきたのだって、俺が持ってる薄い本の中で一番素敵な恋を描いている。シズちゃんに出会う前だって、これ描いてる人はこんな素敵な恋をしてるとは思ってなかったけれど。それでも、俺が本当に恋愛するときは人並みに、リア充って呼べるくらいの恋をする、そう思って、俺は信じて止まなかった。それなのに、初めて、25歳にして、初めて本気の恋愛をしている俺は、そんなもの微塵も感じないほど、リア充爆発しろを連呼し、原稿に追われ、薄い本をマカロンと言うくらいには、非リア充を貫いている。

はあ、と溜息を吐きながら、携帯を開く。見慣れた名前で埋め尽くされるTLに、「原稿疲れた」と打ち込んで送信すれば、すぐに俺宛のリプは幾つも返って来た。スペに行くからがんばれとか、素敵で無敵(これは俺と新羅の合同サークル)の新刊期待してるとか。それらに、ありがとうと返しては見るが、机に向かう俺のペン先は一向に動かない。もう何時間こうしてるか分からないくらい、今日は描いた気がするが、時計を見てもまだ一時間ほどしか経って居ない事に脱力したのは言うまでもないだろう。ただ、そわそわして、どきどきして、体力しか使わない。それもこれも、全部、全部、シズちゃんの所為だって事を分かってるのだろうか。TL上で暢気に、「アイスなう」とか呟きやがって。殺意すら覚える其れに、ぐ、と奥歯を噛んで、俺は賺さずテーブルの上に広がったシャープペンを一本取ってすぐ、後ろに座る投げ付ける。その先に居る彼を目掛けて、其れは其れは、もう突き刺さって死ねと言わんばかりの力でね。
「……いてえ、」
低く、地を這うような声が、ゆっくり、のんびりと、聞こえる。その手には"アイスなう"と呟かれているだけあって、俺が冷凍庫でストックしていたアイスと携帯が握られていて、見たら益々ムカついた。ていうか、何で居るの?邪魔しにきたの?シズちゃん馬鹿なの?死ぬの?っていうかほんとに死ねばいいのに。原稿終わったから遊びに来たとか、ほんとに爆発して死ねばいいのに。大事だから3回言うけど、ほんとにシズちゃん死ねばいいのに。そう思いながら、握り締めた二本目のシャープペンを軋ませて、くるり、と回転する椅子で再び机に向かう。おい、と呼ばれる声も知らないフリ。俺がどれだけ君の所為でこの原稿に苦しんでるか思い知れ。この単細胞。後ろでしゃりしゃりしゃりしゃり言わせてアイスを食べるだけで俺の心をどれだけきゅーんとさせてどきどきさせて、はあはあさせてるのか。思い知ってそして、この病気みたいなどきどきが移ってしまえばいいんだ。バカシズちゃん。ってあれ、これなんか台詞で使えそう。と、咄嗟に取り出した携帯を開いてTL上に書き込む。かなり早い勢いで流れていく其れはきっと使われる事なく終わってしまうのだろうけど、それでも何故か取ってしまうメモを横目に俺は三度溜息を吐き出して、ラフと下書きを終えた用紙を睨み上げた。
パソコンに読み込まれるスキャン画像と電源の入ったタブのペンを手にとって溜息を吐く。まだまだ終わらない戦争と背後でだらだらとする、シズちゃんにやる気を削がれながら、硬直した身体をぐっと伸ばして、さて、とパソコンに目を凝らした。今時のコミック用のソフトと言うのは便利過ぎるくらい便利だ。昔はラフ書いて下書きしてペン入れをして、トーンを貼り、ホワイトをかける作業だけで何日掛かるか分からなかった物が、俺のスピードでも二週間も掛からずに終わってしまう。原稿スピードの遅い俺ですら、そうなのだから、シズちゃんなんて、ねえ?一週間ほどで終わって俺を邪魔しに来るくらいには余裕が出来るって訳だ。そう考えると便利のような、そうでもないような。そんなソフトを開きながら、俺はしみじみと、くだらない事に思いを馳せていた。
「…おい、手止まってるぞ」
突然耳元に吹き込まれる声にびくり、と肩が揺れる。しかし、震えでさえ押さえ込むように、声の主の触れた掌が俺の身体を抱擁して、パソコンの画面を除き込んだ。思わず後ろに倒れる頭ががつり、と彼の顎を直撃する。その瞬間、爆発的に走った頭への痛みに、声を上げれて振り返れば、シズちゃんも顎を押さえて悶絶していた。うわうわ、と椅子から立ち上がろうとした途端、二次災害のようにシズちゃんと椅子と俺が巻き込まれるように床に倒れる。がたんがたん、と盛大に鳴り響いた鈍い音が部屋中を取り巻くと、すぐに、静寂が部屋を包んだ。幸い、俺の身体にはシズちゃんの顎で打った頭以外痛みは走らない。という事は、自ずと俺のクッションになった人間がいると言う訳で、そんな人間、この部屋には一人しか居なかった。
いてえ、と俺の下で唸るシズちゃんの声に、バッ、と顔を上げる。口を突いて出たごめん、と言う言葉は咄嗟過ぎてやけに裏返っていて、ああ、人間って焦るとこんな声が出るのか。原稿とかどうでも良くなるくらい、この人が心配になるのか。なんて事を思った。まさかのこれがリア充、なのか?この俺がリア充になったのか?これで脱非リア充?とそんな事に思いを巡らせている内に、痛い、と唸っていたシズちゃんがぎゅ、と俺の身体を抱き締める。そうしてゆっくり、とした動作で何、と頭を上げると、近くなったシズちゃんの顔に、とくん、と胸が高鳴った。なんか、同人誌みたい。これってネタに使えそう。再びそう思う間も無く、見上げたシズちゃんの顔が近づいてきて、俺の唇との距離を詰める。あ、重なる。そう思った瞬間。その声は俺とシズちゃんの間に割り込むように入り込んだ。
「はいー、ストップー!君達ね、僕が居ること忘れてる?人が原稿やってるときにそんなに、いちゃいちゃいちゃいちゃ。今はそんな事してる場合じゃないんだよ!これは戦争だよ、戦争。締め切りまであと、五日しかないんだから!」
い、つ、か!と叫びながら、俺とシズちゃんを見下ろした眼鏡がきらり、と光る。途端に、背筋に走る悪寒のような寒さに、身体が硬直した。見られた、だと。恥ずかしい!死にたい!死にたい!死にたい!そう口走りながら、勢い良く起き上がった拍子にがつり、と再びシズちゃんの顎に俺の頭が直撃する。再び、床で悶絶する彼に構っている余裕も、俺の頭の痛みを気にしている余裕も、無いまま起き上がった頭で今度は新羅に攻撃をかまし、今度はシズちゃんと新羅のツーショットが実現した。腐ってるだけあって、なにこれ萌える、と思う余裕はあるようだ。しかしながら、燃えるように火照る身体中は収まるところを知らず。俺は揚げ足を取るように、新羅と同じ言葉をシズちゃんと新羅に浴びせ掛けて、倒れた椅子を持ち上げると、原稿に立ち向かった。
どきりどきり、と高鳴る心臓も、燃えるように熱くなる身体もまだ収まるところを知らない。それでも、大好きな彼の唇の感触を知らない俺が、真のリア充になる日はまだ、遠そうだ。






やがて僕らは恋をする









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