"溶けゆく流星群に願い事、一つ二つ"の続き




「シズちゃんおんぶ」

さっきから、ずっとこの調子だ。このノミ蟲野郎は。まずは帰り道、こうして背中に担げと催促してくる臨也に俺は溜息を吐いた。いつもなら、ほいほいこいつの願いなど叶えてやるような人間ではない。だが今日はどうも調子が狂いっぱなしだ。肩に担がれたままの臨也をどさり、とコンクリートに落とし、見下ろす。痛い、と不貞腐れる臨也の表情はやはり、苛立ちの他、何も産まなかったが、手を上げる気になれなかった。そのまま、背中を向けてしゃがんでやる。乗れ、とは俺の口からは言えなかったが、臨也は俺の背中に飛びつくように素直におぶさった。そのまま、膝裏を抱えて、持ち上げる。肩に担いだ時と何も変わらない。軽すぎて不気味なくらい、こいつは重みを感じなかった。もしかしたら、このまま無くなるのではないか、冗談ではなく、そんな事が脳内に過ぎるような、そんな病的な軽さだ。いや、無くなってくれたほうが俺にとっては好都合だ。寧ろ無くなれ、そうだろ、俺。そう思ってなければ無ければ俺が病気だ。分かったか、俺。ほぼ言い聞かせるように心の中でぼやき、その思考に振り払うように、俺は家路を急いだ。コンビニの前を通れば、アイス買ってだの、ビール飲みたいだの。なんだかんだと言われたような気がしたが、おんぶ以降は全て無視してやった。
あー、と気の無い返事をすれば聞いてるの、と言われたが其れも無視。今のこいつのはそれが一番覿面だと、今日一日で学んだ。案の定俺の家を目前に、臨也は静かになった。眠ったのかとも思ったが、こいつに限ってそんな事はなく、ぶらぶら、と宙を舞うように揺らされる足に力が篭る度に、起きているのだと分かった。そのまま、アパートの階段を登り、部屋の前に立ち止まると、ポケットを探り鍵を漁る。こいつが居なかったらとっくに中に入っているところだが、落とすわけにも行かずに梃子摺っていると、シズちゃん、と臨也が耳元で吐息混じりに囁く。なんだよ、と探る手を休めずに、答えると、悪戯に、臨也の指先が目の前に鍵をぶら提げた。これなーんだ。声だけでどんな顔をしてるかは、大体想像が付くのはこいつだけだ。少なくとも俺の中では。思わず溜息が出そうになったが、俺は鍵を奪い取るだけで、それ以上は何も言わなかった。手際悪く鍵を開けて、ノブを捻りながら、足でドアを押さえる。落ちそうになった、臨也を軽く背負い直し、靴を脱ぎ捨てて、中に入った。篭った熱を纏う空気が、肌に張り付いて気持ち悪い。だが、クーラーは付けなかった。
決して入った瞬間に、暑いと、臨也が呟いたからと言って意地悪してる訳ではない。エコだ、エコ。窓開けりゃあどうにかなんだろ。がらがら、と正面の窓を開けながら自己解決を済ませ、背負いっぱなしの臨也を何処に下ろしてやろうかと考えた。まあ、ベッドの他はほとんどスペースがないのだが、何故か降ろしたくないと思ってしまう。テーブルでも良いかとも思ったが、行儀わりいな、と結局すぐにベッドに降ろしたのだが。降ろして気付く。こいつ靴履きっぱなしじゃねえか。ちっ、と小さく舌打ちをしながら、早速ベッドで寝る体勢に入ろうとしていたぐにゃぐにゃの臨也の額を叩き、靴を脱がせる。脱がせて、と言われたのは言うまでもないだろうが。何度も言うが今日だけだ。それに、これは俺が寝るベッドだ。汚されては困る。足貸せ、と靴紐がきつく結ばれた靴を片足ずつ脱がせてやり、玄関に一つずつ放った。まあ、臨也の靴だし、同じようなの何足も持ってるだろうから、その後は知らねえ。帰りに履けたら問題ねえだろ。そう思いながら、漸く一息吐き、ベッドに背中を預けながら煙草を唇に咥え、灰皿を引き寄せる。久しぶりに煙草が美味いと感じた。それも全部、ベッドに埋もれているこいつの所為だ。そう思うと苛付いたが、次の瞬間其れも消えて無くなった。シーツの隙間から顔だけ出した臨也と目が合い、生っ白い腕が此方に伸びてくる。一瞬身体を強張らせたが、頬に指先が滑り、驚いた。するり、するり、となぞるように、頬から顎、唇に触れた冷えた指先が、唇に咥えた煙草を奪い取り、すぐに、灰皿に押し付けられる。思わず、あ、と声が漏れたが、其れを掻き消すように、臨也の声がした。
「いい加減、煙草止めたら?シズちゃん。身体に悪いよ」
ふふ、と笑う声に気が抜ける。たまに見せるこいつの笑顔は、本当に折原臨也なのかと思うほど綺麗だと思う。口には絶対に出しはしないが、目を疑うことが何度かあった。その稀な数回の内の一回が今と言う訳だが、悔しい事に、今、可愛いとも思ってしまった。本当に不覚な事だ。まあ、正直言うと、初めてではないのは認めてやろう。この性格が無ければ、この男は可愛げの塊では無いかと思ったこともあった。今となっては世迷言のようにも思えるが、再度確認された気分で、今の俺は此処に居た。其処まで考えたところで、シズちゃん、と聞こえた声に我に返る。見上げる顔が、僅か10センチ足らずのところで俺を覗き込むと、口が寂しかったさ、俺がキスしてあげるよ、と臨也は口端を持ち上げた。そのまま、そっとガラス細工でも扱うように、臨也の項を撫でる。肩を竦める仕草に、首元を引き寄せると、薄い唇が俺の唇と重なった。ん、と甘い吐息に、一気に身体が熱くなるのが分かり、細い身体に、重なるようにベッドに乗り上げる。馬乗りになった身体をベッドに縫い付け、深く貪るように唇を押し付けた。ちゅ、ちゅ、と吸い付き、啄んで、絡み合わせる。ぬるぬる、と舌を擦り付けて、漏れそうな唾液を飲み込みながら、酸欠寸前まで熱を持った唇を啄み続けた。はふはふ、と浅くなる呼吸。顔に掛かった前髪を指先で梳きながら、赤く染まった瞼を擦ると、再び、シズちゃん、と舌足らずな声が俺を呼んだ。なんだよ、と甘いムードを壊さないように出来るだけ優しく問えば、臨也の目に涙が浮かぶ。その仕草に、思わず息を飲んだ。これを見て男で期待しない人間なんて絶対に居ないだろう。童貞だろうが、多分関係ない。これは生理現象だ。次の言葉を促すように、肉が付いていない頬を撫でてやる。すると、更に、瞼に涙を溜めた臨也がこう吐き出した。
「気持ち悪い、吐きそう。」
理解するまでに、数秒掛かったが、理解した途端、俺は項垂れた。まあ、分かりきっていた事と言えばそう言うことになるだろうが。もう言葉すら出てこなかった。こいつが此処まで空気が読めないヤツだったとは。つーか、俺もさっさとヤッとけば良かったのか。ゲロさせてでも今すぐヤるべきなのか。なんて考えながらあまりに顔色を悪くした臨也に、俺は溜息を吐き出して、重い腰を持ち上げながら臨也を肩に担いだ。この時点で、俺はこの介護じみた事が朝まで掛かるなんて、思って居なかったのは言うまでもないだろう。






遮光する白々しい恋へ









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