name change





「跡部、まだケーキ残ってるわよ」




人差し指で生クリームをすくって、そのまま口に運ぶ。跡部家専属のパティシエが作ってくれたケーキは、最高級の材料で、最高級の仕上がり。それでもあたしにはその甘ったるさが受け付けられなくて、思わずむっと眉間にシワを寄せてしまった。




「跡部ー?」

「ケーキなんか放っておいていい。名前もこっちに来い」

「ん、」




ベッドに寝転んでいた跡部は、ドイツ語で書かれた分厚い本をぱたりと閉じると、サイドテーブルへと置いて。それから、自分の横をぽんぽんと叩いた。
あたしは生クリームの付いた指をナプキンで綺麗に拭ってから、大人しくベッドへと潜り込む。




「お腹いっぱいで苦しい…」

「フン、テメェは食べ過ぎなんだよ」

「だって、跡部の家のご飯おいしいんだもの。豪華だし」

「そうか?」

「そうよ、アンタは慣れてるのかもしれないけど」




今日だって、あたしが泊まりに来ているからと言って、跡部家ご自慢のシェフが張り切ってフルコースを用意してくれて、あたしは跡部と、それからご両親とも一緒に食卓を囲んだ。
まあ、跡部の誕生日の前祝い、という事も含まれているみたいだったけれど。
ほどよく緊張もしたけれど、ちゃんとご飯の味を味わうことも出来て、あたし的には大満足の前祝いになった。




「あんなにおいしいご飯を食べられるなんて、羨ましい」

「アーン?テメェがうちに嫁ぎに来れば、毎日食べられるだろうが」

「…それ、プロポーズ?」

「だったら?」

「ん、考えときます。」




にやりと意味深な笑顔を浮かべながら近付いてきた跡部の顔を、溜め息を吐きながらぐっと押し返す。
すると、すぐ近くに置いていた跡部の携帯が震え出した。




「跡部、メール来たわよ」

「どうせテニス部だ、放っ…」

「あ、長太郎くん」

「おいコラ、勝手に見るなよ」




奪い返そうとする跡部の腕を跳ね退けて、あたしは受信メールを確認していく。未読メールがいくつかあって、そういえば日付が変わった辺りから、携帯がずっと鳴りっぱなしだったのを思い出した。
跡部はすでに諦めたようで、あたしのすぐそばに寄り添って、液晶画面を一緒に覗き込んでいる。




「一番早いのは…樺地くん。0時ぴったり。さすがね」

「ハッ、当たり前だ。」

「女の子からも来てるけど」

「嫉妬したか?」

「別に?」

「……可愛くねえ奴だな、テメェ。少しは、」

「あとは宍戸と萩ノ介と、長太郎くんね。慈郎ちゃんあたりは寝てそうだから、しょうがないっか」

「おい、人の話を…」

「あ、忍足から電話来た」




跡部が顔を引き攣らせるのもお構いなしに、メールを読んでいると、突然画面が切り替わり、着信中という文字と共に忍足の名前が表示される。
あたしは跡部に確認をするまでもなく、迷うことなく通話ボタンを押して耳に当てた。跡部の非難は無視決定。




「もしもし」

『おーやっぱ名前ちゃんや。跡部は?』

「隣にいるわよ、代わる?」

『いや、代わらんでもええわ。どうせ名前ちゃんと一緒やろうから、邪魔しよう思っただけやし』

「ふふ、何それ」




忍足らしい理由に思わず笑うと、隣にいた跡部は会話の流れが掴めないのか、不機嫌そうに頬杖をつく。
そんな跡部に、あたしが今聞いた言葉をそのまま伝えれば、「忍足…覚えてろよ」とぐっと拳を作っていた。




「忍足、跡部の仕返しに気をつけた方がいいわよ。かなりご立腹だから」

『ほんま?それはあかん…ちょ、跡部に代わってや』

「うん、わかった。…はい跡部、忍足が代われって」

「忍足テメェ…一体どういうつもりだ?アーン?」




携帯が跡部に渡った途端に、彼の不満は爆発。明らさまに怒りをぶつけているから、電話の向こうにいる忍足の、必死に宥める情けない姿を思い浮かべて、あたしは小さく吹き出した。
きっと二人は、いつまで経ってもこの関係のままなんだろうなあ、と思う。勝手だけれど、そんな予想が出来た。




「おめでとうだあ?ンなの、今更嬉しくねえよ……あ?…まあ、それは……ああ。…わかってる」




一体何を話しているんだろう。
忍足の声が聞こえなくて、跡部の言葉を頼りに想像するけれど、それだけでは内容は予想出来なくて、あたしの頭の上にははてなマークがたくさん浮かぶ。
しかも、電話で話す跡部がいつもより楽しそうで、段々、面白くなくなってきて。




「……跡部、」




服の裾をきゅっと掴んで、彼の顔をじっと見つめる。
不意に、名前を呼んでみた。



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