蝉の鳴き声がうるさい。もう8月も終わろうとしているにも関わらず、そんな事情は蝉の鳴き声はお構いなしだ。
今日は久々に部活が休み。ゆっくり不二先輩とデートでもしたいところだけど、溜まりに溜まった課題がそれを許してはくれなかった。仕方がないから課題と戦おうとしたその時、携帯の着信音が鳴り響いた。
「もしもし?」
「あ、越前、今から時間ある?」
「一応あるっスけど…」
「よかった。どうせ越前のことだから、課題、まったく手付けてないでしょ?」
「うっ………」
「やっぱり。課題持ってボクの家においで。教えてあげる。」
「わかったっス。じゃ。」
そういって電話を切る。課題が邪魔だけど、不二先輩に会えることが嬉しかった。
急いで支度をして、不二先輩の家に向かう。ある意味での自宅デート。本当、課題が邪魔だけど。
不二先輩の家に着いて、チャイムをならすとバタバタという音を立てながら不二先輩が出てきた。
「ちゃんと課題、持ってきた?」
「持ってきたっス。」
「じゃあ、先にボクの部屋で待ってて。飲み物持ってくるから。」
不二先輩の家には何度も来たことがあるし、それに比例して何度も部屋に入ったこともある。言われた通り、おとなしく不二先輩の部屋で待つ。
オレンジジュースを入れたグラスを2つ持って、不二先輩がやってきた。
「よし。じゃあ、どれから始めようか。」
「どれでもいいっス。不二先輩選んで下さい。」
「うーん…じゃあ、一番めんどくさそうな数学からやろうか。」
不二先輩の教え方はとてもわかりやすくて、まともに授業を聞いていない俺でも簡単に解けた。
オレンジジュースの中の氷が溶けて、カラン、と音がしたのと同時に数学の課題がすべて終わった。
「じゃあ、数学が終わったから少し休憩しようか。」
「ウス。」
ようやく、何にも邪魔されずに不二先輩と二人きりになれる。
いや、やっぱり訂正。蝉の鳴き声がすごくうるさい。
「ねえ、不二先輩。」
「何、越前。」
「どうして急に課題教えてくれる気になったんスか?」
「それは……」
言葉に詰まる不二先輩。顔がどんどん赤くなっていくから、見てると面白い。
「俺に会いたくなっちゃった、とか?」
追い撃ちをするかのように俺が質問すると、一気に顔が赤くなる。本当、なんて可愛いんだろう。
「………悪い?」
半ば開き直ったかのような態度を取る不二先輩が可愛くて、思わず抱きしめると、ふわりと不二先輩のいい匂いがする。
「嬉しいっス。不二先輩も、俺と同じこと考えてくれてて。」
恥ずかしいのか、顔を下に向けてるけど俺には全部見えてる。こういうときだけは、自分の身長に感謝する。
「本当、不二先輩って可愛い。」
「可愛いって…一応ボクも男だし、越前より先輩なんだけど。」
「知ってるっス。でも可愛いもんは可愛いんだから、仕方がないじゃん。」
さっきまであんなにうるさかった蝉の鳴き声も、今は全然気にならない。それだけ俺は、不二先輩に溺れているってことかな。
「ほ、ほら!早く次の課題やっちゃうよ!」
「もう少しこのままでいたいっス。」
「ダメ!越前の少しは全然少しじゃないでしょ?」
「嫌っス。」
できればこのまま、課題なんかやらないで不二先輩にくっついていたい。そう思ったとき、俺の唇と不二先輩の柔らかい唇が重なった。いきなりのキスに、正直驚いてる。
「もう…これでいいでしょ…?」
いくら俺に課題をやらせるためといえ、不二先輩からのキスがもらえるなんて超ラッキー。
「課題、頑張るっス。」
自分からしたことなのに、また顔を赤くする不二先輩。
「あ、課題が終わるたびに不二先輩からキスしてね。」
課題も悪くないかも、なんて思った蝉がうるさい8月が終わる今日この頃。
-end-