「不二先輩。俺はもっと上を目指すよ。」
そういってボクの後輩でもあり、恋人の越前はアメリカに帰ってしまった。
あの日以来、ボクの心にはポッカリと穴が開いたようだった。
手塚がドイツへ旅だったときも寂しくなかったわけではない。でも、今回はまた違った感情がボクを襲う。
突然、目の前からいなくなった越前。
いつ日本へ帰ってくるのかもわからない。
アメリカと日本じゃ、連絡を取り合うことさえ難しい。
越前は、すぐ帰ってくるからって言っていたけど。
「すぐって…どれくらいかかるのさ、越前。」
もうどれくらい越前の声を聞いていないのだろうか。
早く越前の声が聞きたい。早くギュッと抱きしめられたい。早く越前を感じたい。
ああ、ボクはいつからこんなにも君に溺れていたんだろう。
あれから越前のことばかりを考えてしまう。
「えち…ぜ、」
ボクの頬を生暖かいものが伝う。
それを涙だと気づくのに時間はかからなかった。
だって、薄暗い自分の部屋で越前を思って泣くのは珍しいことじゃないから。
「リョーマ…っ、逢いた…い」
涙は止まってくれない。それどころか、どんどん溢れていく。
鼻をすする音しかしなかったボクの部屋に、携帯のバイブ音が鳴り響く。ディスプレイには【越前リョーマ】の文字。
少しの期待と困惑のなか、ボクは電話に出る。
「もしも…し?」
「不二先輩、カーテン開けてみてよ。」
「カーテン…?」
ボクは立ち上がって言われるままにカーテンを開ける。
「越前…?」
窓から外を見ると、そこにはいるはずのない人が立っているじゃないか。
「不二先輩、寒いんだけど。早く下りてきてよ。」
電話越しに聞こえる声と、窓から見える口の動きが一致する。
ボクの体は自然に動きだしていた。
「越前っ!」
外に出ると同時に愛しい人に抱き着く。
うわっ、と驚いた声を出した君も、すぐにギュッと抱きしめてくれた。
「泣いてたんでしょ。」
「泣いてなんかない。」
「嘘。目、赤いよ。」
「…寂しかったんだよ、馬鹿。」
「ごめんね、周助。」
そして、ずっとボクが待ち望んでいた、越前とのキス。
今までの時間を埋めるかのような深く優しいキスを落とされる。
「ただいま、周助。」
「おかえり、リョーマ。」
離れていたから、よりいっそう愛おしく思う。
ボクはこれからもずっと、君から離れることなんかできないんだろう。
寂しかった分だけ、ボクはまた君に溺れていく。だから。
「周助、もう離さないから。」
ずっと、ボクだけを。
-end-