意識(椎名林檎)





欲しいものは何でも手にいれてきた
望めば簡単に自分のものになったし、恵まれた容姿のおかげで周りが勝手に貢いでくれた

それが当たり前だと思っていたし、これからもそうだと思っていた


君に出会うまでは






自分の家までの道は退屈だ
何の変哲もない代わり映えのしない景色が広がっている、だけ

「はぁ………」
ため息とも深呼吸ともとれる息をはく
ふと視界に鮮やかな紅色がかすめる。シャツの襟に眼をやると、はっきりと口紅の痕が、、
抱きあった時についたのか……

「はぁ………」
また同じ息をはく。今度はめんどくささからのため息だ
淋しさや恐怖から逃げる為に僕は行為に及ぶ
相手なら腐る程いるし、向こうから求めてくる。もの分かりがいい後腐れのないこの関係が1番楽だ
だが、所詮眼を背けているだけで何も解決はしていない。だから僕は何度も何度もこの意味のない行為を繰り返してしまうのだ

公園の角を曲がる。いつもと同じ景色、同じ遊具、同じ人がそこにあるはずだった

だけど今日は違った

いつもは親子や老人が座っているベンチに1人の女性が座っている
辺りは夕暮れで暗くなりつつあり、子連れや散歩の老人も帰ったようだ
女性は下を向いて俯いている

1人で何をしているんだろう?

興味本位で公園に入り近づいてみる
肩がかすかだが揺れている。小さくすすり泣く声も聞こえる
どうやら泣いているようだ。失恋だろうか

「こういう人の目に付く所で泣いてると変なやつにからまれるよ。それが目的なら別だけど」

「っ!!」

女性は僕がいることに気づいてなかったみたいでびっくりして顔を上げた
その顔に僕は今まで感じたことのない気持ちになった

「あ、あの…もう大丈夫なんで…」

どうやらずっと見つめてしまったようで困惑した顔で彼女がこたえる
どう見ても大丈夫じゃないが…お、結構可愛いかも

「よかったら家まで送るよ。家どこ?」
「結構です!ほっといてください!」
「そんなに警戒しないでよ。別に変なことはしないからさ」
……まぁ嘘だけど

「ほんとに大丈夫なんでっ!」
彼女は慌てて立ち上がり走り出す。慌てたせいで足元の小石に脚を取られこけてしまった
「ぎゃぁっ!〜〜っいったあ〜〜〜…」
「そんなに慌てるから…ほら、立てる?」
すっと手を差し出す
「いいです…もぅ……」
自力で立ち上がりふと脚をみると膝から血が出ている

「はぁ……ほんとついてない…」
「僕のせいだね。ごめんよ。絆創膏持ってるかい?」
「はい…」
「ちょっと待ってて」

近くにあった水道で持っていたハンカチを湿らせる

「座って、」
「………」
仕方が無く、むすっとした表情でベンチに座る
「しみるかもしれないけど…」
そっと彼女の脚を手に取り膝にハンカチを当てる
「いっ!!〜〜っ!!」
「ほんとにごめんよ」

優しく患部を拭き、彼女が出した絆創膏を貼ってあげる

「僕の名前はカヲル、渚 カヲル。君は?」
「見ず知らずの人に名乗りません」
「ふぅん。じゃあ花子って呼ぶけどいい?」
「……………名前」
「名前はここで何やってたの?」
「別に……あなたに話す必要はないでしょ」
「まぁ、そうだね。じゃあ、何で泣いてたの?」
「…………」

彼女は黙ったままだ

「家近く?せっかくだし送ってくよ、お詫びもかねて」
「転んだのはあなたのせいでもあるんだけど……まぁ、いいや。途中までなら」

僕達は公園を出てしばらく無言で歩く

「名前はよくあの公園に行くの?」
「今日はたまたま…」
「1人で?」
「………」

何も言わないが、どうやら行きは1人じゃなかったようだ

「ねぇ…あなたいつもあの辺でナンパしてるの?」
「ナンパ?なんで?」
「これってナンパじゃない?」
「いや…ナンパはした事ないよ。」
「あなたモテそうだもんね。じゃあ、なんであたしなんかに声かけたの?」
名前が僕の襟元の口紅の痕を見ながら苦笑い気味に言う

「興味からかな?」
「ふ〜〜ん…」
「名前は付き合ってる人いる?」
「……いない。まぁ、隠しても意味ないから言うけどさっき別れた」
「へぇ……」
「結婚しようて言ってたのにさ、 他に好きな人が出来たんだって…

んで、あのベンチで1人寂しく泣いてたわけ。
初対面の人になに言ってんだろ、あたし
。ははっ」

彼女の声は笑っているが顔は笑っていない
その眼はじんわりと涙が滲んでいる

その瞳に、その紅い唇に、僕のなにかが鼓動する

「もうあんなに誰かを愛すことはないかもしれないなぁ…」

坂を上がり交差点の前で止まる

「じゃあ、この辺で」
「あぁ…脚、悪かったね」
「もういいよ」
社交辞令のような気持ちのない笑みを浮かべ、じゃあ…と呟き去って行く

僕はその後姿をただ見つめていた


手に入らないものなどなかった僕の前に君はあらわれた
手に入らないものほど欲しくなるよね
絶対手にいれてみせるよ名前



こんな風に君を愛する 多分







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -