07



カップに紅茶を入れて満月を写し、それを銀のスプーンでかき混ぜると願い事を叶えてくれる紅茶王子が現れる。
そんな噂を耳にしたのは、恐らく学生の頃だった。
噂を聞いた時、なんとも女子が好きそうな話だと聞き流したのはうっすらとだが覚えてはいた。


「あら、晴れてるわねぇ」

『…お前はとことんそういう手の噂が好きだな』

「付き合ってくれる辺り、母さんも気になるんじゃないの」


息子達5人は学生組が夏休みという事で、夜遅いにも関わらずリビングでゲームの真っ最中だ。
外へ来る前に見た時は、格闘ゲームでレヴィの使っているキャラクターが、ベルのキャラクターにボコボコにされていた。父はそんな息子達を見て時折笑うという、随分珍しい光景があった。
今日のアレッダは朝からパタパタと動いていた。
普段は休める時に休むのだが、それすら出来ずに気が付けば夜。おかげでクタクタな体を今すぐにでも休ませたかったのだが、風呂に入ろうかと思っていたところでルッスーリアに捕まり、紅茶を持ってバルコニーに連れてこられた。そして、来る最中に例の紅茶の話を聞いたのだった。
備え付けているガーデンテーブルに紅茶を置いて、椅子に腰掛けながら空を見上げる。
空は雲一つなく、満月が煌々と空にあった。
アッサムの入ったティーカップに視線を落とせば、そこには見事に綺麗な満月が写し出されている。
向かい側に座ったルッスーリアは既に銀のスプーンで紅茶をかき混ぜていて、王子様は現れるかしら?と楽しそうにしながらティーカップに口をつけていた。


『ダージリンか』

「そう!さすが、高いだけあっていい香りだわぁ」

『飲めればなんでもいいだろ』

「出た出た、面倒くさがり」


乙女心が分かってないわ!とルッスーリアは言うが、分からなくていいと言われて返す言葉を失ったらしい。
静かで結構。そんな事を思いながら同じように銀のスプーンで紅茶をかき混ぜてから一口飲めば、独特の味が口いっぱいに広がる。
飲めればなんでもいいと言ったが一応好みというものはある。どちらかと言えば、アッサムは好きな部類に所属している。


『…ごちそうさま』

「早すぎない!?もっとゆっくり味わって飲みなさいよ!」

『紅茶の王子なんているわけないだろ。迷信だ、迷信』

「ちょっと、少しくらいは夢見させてくれたっていいじゃない」

『夢って言う辺りお前だって信じてないんだろ』

「そ、それは…まぁ…」


仮にももうじき30になるのだから、半信半疑だったのは確かだ。しかし、最初から全く信じていなかったわけではない。
蚊に食われる前に早く家に入れよ、と言い残し、アレッダはそそくさと家の中へ戻っていった。


「もう!ほんっと、乙女心が分かってない!」


一人残ったルッスーリアは、プリプリと怒りながらカップに残っているダージリンを飲み干した。



*****



『……』

「何だアレッダ。随分嬉しそうだな」

『分かるか?』

「何かあったか」

『まぁ、ルッスーリアにしかできない気遣いだな』

「そうか」

『分かってないだろ』

「分からねぇな」

『分からなくていい』



長男の母孝行



疲れてる母にゆっくりしてほしいものの、どうしたらいいのかしら?→あら、紅茶があるわ→そうだ!紅茶淹れてあげましょう!→そういえば今日満月ね→月を見ながらティータイムって素敵ね!→じゃあ紅茶の王子様を理由に外に連れ出しましょ!


っていうルス子の考えが分かりにくすぎた。



 
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