人込みを、掻き分ける。
周りの全ての音はぼんやりと霞がかったようで。違う、聴こえていなかったという表現の方が正しいのであろう。様々な雑音を気にしていられる余裕なんて俺にはなかった。だって、俺は別のことに全神経を集中させていたのだから。


「たつ、達海!」


視線の先の背中を追いかけた。追い付いた。腕を掴まえる。振り返って目を見開く達海。その表情はすぐに困惑した色へ変わった。


「なんでいんの?」
「なんでいるのって……、そりゃ、」


達海の瞳を覗く。絡む視線。
しっかりと、俺を映していた。
焦りが一気にひいたようだ。すっと体が急に軽くなった。


「後藤?」
「頑張ってこいよ」


突如海外移籍をする彼に対してわざわざ空港まで追いかけて責めたりはしない。止めやしない。
達海自らが決めたことだ。
ただ、一目会っておきたかった。またいつ会えるかわからない恋人を脳裏に焼き付けておく必要があった。


「そんだけ?」


他に何を催促するのか、と呆れながら達海を見る。ニヒヒ、とお得意の悪戯っ子のような笑みに、眉を寄せてしまう。


「また会う日までさー、待っててくれる?」
「………当然だ」
「お前幸せ掴めないよ?」
「幸せかそうじゃないかは俺自身が決めることだよ」
「それもそうだな」


納得した様子の達海の体を抱き締めた。ここ空港だぜゴトー、とぼそりと呟いた達海の声は聞かなかった振りをして、抱き締める力を強くする。抵抗する素振りもほどほどで、達海の腕が背中にまわされた。


「達海、愛してる」


普段絶対に言わないような言葉が自分でも信じられないくらいすんなりと口から溢れ落ちた。応えるように達海の指が俺のYシャツをギュッと握る。


「俺も、」


空港内のアナウンスが響く。日本語と、そして俺には上手く聞き取れない外国語。それをきっかけに、果たして大丈夫なのかと異国に旅立つ達海を余計に心配してしまう。


「気をつけていってこいよ」


腕をほどく。達海は小さく頷くと、背を向けて歩き出した。
もう、かけてやる言葉は持っていない。きっと、想いは伝わっただろう。
達海の姿が消えるまで見つめる。それから場所を移動した。ガラス窓の向こうで暫くすると一機の飛行機が滑走路を走り空に舞い上がる。その様を見届けて、小さく息を吐き出した。

いってらっしゃい。

苦しいこと、辛いことがあるだろう。そんな時、傍に居てやれないことがもどかしい。遠くの地で応援することしか出来ない。けれど、そんな奴がいるといないでは大きく違うはずだ。だから俺は達海の成功を応援する。待つ。信じる。

好きな人のために。
自分のために。


2人のために。



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