(有里)


学校が終わると急いで家に帰った。ランドセルを背負ったままお父さんの仕事場まで走る。乱れた呼吸をする姿が格好悪くてお店が見えると大きく空気を吸い込んで息を整えた。ドアを開けると、期待通り、心地の良いピアノの音色。カウンターに座って耳を澄ます。お父さんがソッと差し出してくれるオレンジジュースは喉をきもちよく通過した。暫く、カウンターに伏せて、流れるピアノの音色を楽しむ。曲が終われば、魔法にかかっていた部屋中の空気が一瞬にして消えてしまう。


「よっ、」

くしゃりと髪を撫でられて見上げれば魔法使いが私に笑いかけてくれる。

「お前いっつも一人だな。友だちと遊んで来いよ。あっ、友だちいねーの?」
「達海こそ。暇人め」

意地悪な魔法使いはニヒ匕と笑う。達海がココに来るから楽しみに帰ってくるなんて、絶対言わない。

「おやっさん、ありがと」
「おう、また来いよ」

ひらりと手を振ると達海は呆気なく店の外へと出ていってしまった。

「あーあ、もうちょっと早く来れたら達海のピアノ、もっと聴けたかな」
「聴かせて欲しいと頼んでみればいいだろう」
「うーん、達海弾いてくれるかなぁ」


達海は、一年前この店にフラりと立ち寄った。お父さんが昔、趣味でやっていたジャズの集まりもいつの間にか解散してしまったらしく当時のまま店の隅に置き去りにされていたピアノを見つけた達海は弾いても良いか訊ねてきた。洒落たカフェでピアノ演奏ならまだしも、こんな小汚ない喫茶店に似合わないね、なんて私とお父さんは苦笑しながら達海の演奏を許したのだった。達海の演奏には人を惹き付ける何かがあった。私も魅了された一人。お父さんも達海を気に入ったようで達海が不定期に訪れて勝手にピアノを奏でることを許可していた。達海は若くて、顔もカッコイイから偶々店に居合わせた時に達海の演奏を聴いた女性の中にはファンも出来ていた。そのお陰か若い女性客もにわかに増えていた。お父さんは秘かに喜んでいたけれど私は何となくつまらなかった。


「そういえば今度、演奏会があるって言ってたな」
「達海の?」
「ああ。ちょいとデカイ演奏会らしくて、緊張してるって言ってたが、全くそう見えねぇな」
「行きたい!」
「チケット代は自分の小遣いから出せよ」


翌日。達海が来た時、訊ねたら無料でチケットをくれた。いつもピアノ使わせて貰ってるからね、だって。

イイヤツじゃん!





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -