*後藤さんが結婚してます
*年齢がおかしいです
*要するにパラレルです




「たつ、み……?」


弱々しく震えた声は風に乗って彼に伝わることが出来たらしい。脳裏にこびりついた同じ後ろ姿がゆっくりと振り向いた。ジッと俺と視線を合わせ、それから、彼は笑ってみせた。ああ懐かしい。昔から達海は太陽みたいだった。眩しかった。今もまた、心にスッと入り込んだ暖かな光だ。ぼんやりと心に広まったあたたかさは、次第に目頭まで熱くさせてしまったらしい。偶然の再会。言葉につまった。


「後藤だ」


ゴトウだ、とはなんだ。相も変わらずな言い種に自然と顔が綻ぶ。達海と距離を縮めると、やはり懐かしい達海で。高校を卒業して以来、どのくらい経っただろう。


「お前、連絡もつかないし。何してたんだ、今まで」
「あー、うん、悪かった」



特に悪びれた様子も窺うことは出来なかったが、赦してしまうあたり自分は本当に彼に甘い人間であると思う。だが、ほんと何してたんだ。大切な友人として話したいことだって沢山あったのだ。同じ高校に通い、ごとーごとー、とクラスは違うのに毎日のようにわざわざ遊びにきた達海。同い年なのに、甘えてくる彼は弟のようで可愛かった。自分も甘やかしてしまう性格らしくつい面倒をみてしまった。そんな彼から卒業と同時にパタリと連絡を絶たれた俺は、正直寂しかった。


「仕事帰り?」
「ああ、うん。お前は?」
「んー?散歩」

暢気な奴だ

「じゃあ時間あるだろう。久しぶりにゆっくり話さないか」


一瞬だけ考える素振りを見せた。都合が悪いのだろうか。それならまた今度にしようかと言おうと口を開きかけたのだが、達海が頷く方が早かった。


「人がいないところ……、グラウンドが良い」


グラウンド。達海が指し示すソコはきっと、俺たちの思い出の場所である。二つ返事で了承した。









「良かった、だーれもいねー」

河川敷。小さなグラウンドとなっているそこは夕方からは遊ぶ小学生もなく、高校生の俺たち2人にとって良い練習場所だった。部活が終わってから、学校が閉まるまで自主練習をして、それでもボールを蹴り足りない時は、2人でここに来て、軽くボールを触った。また、部活のない日、特にテスト期間で部活の練習がない時は大いにこの場所を活用したものだった。達海と2人で、一対一をやったり、2人の間をボールがただ行ったり来たりするだけのパスを繰り返したり。単純で些細なことだったけれど、楽しかった。部活の休みにも関わらず、泥が付いたジーパンを見て母は、高校生にもなって、とよく呆れられたものだった。達海、サッカー、勉強、達海、サッカー、勉強、達海、サッカー、達海、サッカー………、きっと高校生のころの俺の頭はそんな風に出来ていたに違いなかった。


「まだサッカー続けてるのか?」
「んーん、俺、大学で足を壊しちゃってボール蹴れなくなっちゃってさ、今はしてないよ」
「そっか。」



当然俺なんかはサッカー推薦なんて貰えなくて勉強で大学に入った。それに対し達海はサッカー推薦を悠々貰って大学進学した。足を故障して、大学の方はどうしたのだろうか。達海は俺の顔をチラリと窺ってから、中退したよ、とぼそりと呟いた。達海も苦労していたのか。俺の知らない彼の時間があったことに、なんとなく、切ない思いがした。土手の芝にゆっくりと腰を下ろした達海に続いて俺も座り、達海を横目で見た。ぼんやりと何もないグラウンドを見つめる彼の横顔。変わらない。約10年経ったというのに。あの頃のまま彼は隣に座る。俺たちは何だかタイムスリップでもしたようだ。

「後藤、こっち」


くい、と裾を捕まれて注意を引くとそのまま肩に頭が凭れてきた。重さはない。彼のアーモンドの色した髪を撫でる。


「どうした、ねむいのか?」
「なんでそう解釈すんの?」


唇を尖らせてむすっとした達海の表情に首を傾げると、にぶちんがっ、と頭を軽く叩かれた。自然に手が取られ、ぎゅっと握られる。そのまま達海の気のままにさせた。重なった手の平。温度がじわりと上がる。


「達海っ?」
「誰も見てないし、いーじゃん。あれ?お前結婚したんだ」


俺の薬指に嵌まる銀色を達海はまじまじ見つめた。


「……達海は?」
「してないよ」


ふい、と拗ねたように視線を外された。


「美人?いい人?……後藤が選んだ人だもんね」


ゆるりと首を左右に振って曖昧に笑ってみせた。それから、少しだけ自分の妻のことを考えてみた。女というのは結婚すれば変わるらしい。貴方が一番だというように振る舞っていた彼女。子どもが出来れば彼女の世界から俺は除外されたのだ。


「結婚、あんまり良いもんでもないよ」
「そうなの?でも、良いお父さんしてそうだよね。お前って。子どもは?」
「男が一人」


ふーん、と次には興味なさ気な返事を返される。



「……あーあ、俺が女だったら絶対お前を放さなかった」



ぼそりと呟かれた言葉。え?思わず見返す。俺の心臓は何故か鼓動を速めていた。
ニヒヒと笑った達海と視線が絡む。


「俺、けっこー独占欲強いらしくてさー、後藤は俺の、っていう気持ちがあったんだよね」


上着の袖を達海の指が握りしめ、小さな皺が出来た。先ほど浮かべた表情から一転、今度はまるで母親にすがる小さな子どもみたいで。

「ごとーは俺のだったのに」


達海が、あの達海が自らの本音を口にしたのだ。
俺も答えなくてはならない。


「俺、……達海が、好きだった」
「うん、……なんとなく、そんな気がしてた」


気づいていたのか、と文句を言う前に彼の唇が俺の唇を塞いだ。ひんやりとした達海の唇が触れたと思うとそれは次第に、啄むように、過激なキスへと変化していった。俺は彼の頭を支えながら、暫く、楽しんでいた。



「これ、浮気じゃん。後藤サイテー」

唇が離れた後、鼻が触れるか触れまいかといった距離で達海は意地悪く笑う。これは正真の浮気である。不思議と妻に対して背徳心は生まれていなかった。ひどい男だと自分自身を嘲笑う。


「達海、好きだ」
「うん」
「どこか、場所を変えようか」
「積極的じゃないの、恒生くん」
「茶化すなよ」


静かにお互いが口元を緩めた。溶けているみたいだと思った。物理的にどうこうじゃなく。
2人の間に流れる空気が心地好かった。つい、熱の籠った視線を向けてしまうと達海は困ったような表情を作った後、顔を背けた。


「もう少し、早く言って欲しかった。俺も好きだったよ、後藤」


過去形で表された言葉の深意を探ろうと達海の顔をのぞきこむ。だけれど気まずそうに逸らした瞳に、ふわふわと浮わついていた気持ちが一気に落下していった。


「もう、時間切れなのか?」
「うん。試合終了だね」
「でも!……俺が結婚しているからか?」
「……そうだよ」


直感的に嘘をついているような気がした。もっと、他に理由があるのではないか。


「他に好きな奴がいるのなら諦める。でもっ、長年好きだったんだお前のこと。今でも……。諦めきれない」
「奥さん泣かしたらダメだぜ」
「………達海、」


どうしようもない感情に駈られて俺は達海を抱き締めた。遅すぎた。わかってる。だけれど、彼を手放すことはもう出来ないと心の奥で感じていた。



「後藤、聞いて」



達海も応えてくれたように俺の背中に彼の腕がまわる。話したいこととはなんだろうと俺は達海の言葉を待った。すると、なかなか言葉は聞こえてこない。
変わりに、う、ぐす、う、と嗚咽が漏れてくる。慌てて達海を引き離し、顔を窺えば、見るな、とばかりに腕で隠されてしまう。彼の腕をとろうとしても嫌だと首を振られる。



「達海、え、なんで?泣くなよ、聞いてやるから。ゆっくりでいいから話せ、な?」


もう一度抱き締めて、彼の背を擦る。こんな風に目の前で泣かれるのは初めてで、正直どうして良いものか全くわらかなかった。



「……ん、……、…俺、…―――んだ…」
「………え…?」



はい?ちょ、ごめん、達海。
理解が追い付かない。消えるような声で信じられないようなことを言われたから、訳もわからず頭の中がぐるぐると回った。だって、達海はここにいて。俺の腕の中で泣いていて、



「ごめ、んっ、後藤、っごと、ぅ」


温度の低い肌の理由を理解せざるを得なかった。ソッと頬のラインを指で辿りながら達海が溢した涙を拭った。


「もういいから泣くな達海」
「耐えられなかった…ッ。……蹴れない足、なんて……いらなくなった……ッ…つら、く、って……ボール蹴りたくて、…それ、で……ごめ、ごと、う」


お互い顔を合わせなかった10年。彼は若すぎた。
変わらない訳ないじゃないか。



「もう少し、早く、後藤に会えてたら、変わってたかもしんない」
「達海、」
「そんな顔させるつもりなかった。ごめん、後藤」


落ち着いてきたらしい達海は時々、ヒクッと喉を鳴らしながらもゆっくりと続けた。


「ありがとう、後藤。ずっとお前に会いたかった」
「タツミ?」
「俺、もう行くわ。願いも叶ったし」
「願い?」



「ごとーに気持ちを伝える」



嬉しいはずなのに。上手く答えが見つからない。手放しに喜べない。


だって、それが達成してしまったのなら、


「もう行かなきゃな」
「たつ……」



「ありがとな」




ただ、静かに。音もなく。
彼の姿は消えてしまった。




「自分勝手なヤツだよ、お前は」


『大好き』
耳にそっと響いて聴こえた言葉を受け止めながら俺はゆっくりと瞼を閉じた。




そしてまた始まる日常




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