告別式には来ないで下さい





待機室の扉を開けば隙間から見えたのは、同僚の紅。その綺麗な手元では発売されてまだ新しいファッション雑誌がめくられている最中だった。

部屋に入った私に気づくこともなく、無言で手先を動かす彼女の目の前に赤く光る小瓶をぶらつかせる。



『暇なら塗ってくれないかな、このマニキュア。』



パタン、と雑誌を閉じた紅はこれ見よがしにため息を吐きながらも静かに小瓶を受け取ってくれた。









「まったく…。これくらい出来るようになりなさいよね。今時、アカデミーのくノ一達でも自分でやるわよ。」

『なんかねー。人にやってもらう方が綺麗に出来る気がして。毎度ごめんね。』

「もう慣れたから実際、構わないわよ。」




彼女は言ったとおり慣れた手つきで黙々とハケで塗り進める。台詞とは裏腹に丁寧に。そんなことを本人に言ったら照れて殴られそうだから言わないけど。
だって紅は木の葉の里でも随一のツンデレだし。…ツンデレといえばこの前も、嗚呼これじゃ本当に死に掛けみたいね。思い出がいちいち溢れ出てきてキリがない。走馬灯じゃあるまいし。
利き手の親指から鮮やかな赤が連なりを見せ始めた時、紅の顔がふっと歪みを見せた。




「…椿、あんた何よこれ。」

『紅?』

「もともと細い体つきだったけど、血管が浮き出てるなんて健康体で有り得ないでしょ…。」




紅の強い視線が指先から私に向けられる。確かに彼女に掴まれた手首は贅肉も筋肉も削げ落ち、栄養失調患者のように青い血管がボコリと盛り上がっていて悪目立ちをしている。この状態は我ながら気持ち悪い。

ここ最近で私の体重は6キロ減り、腕には気休めで打たれる注射と点滴の後でグロテスク。流石に体の異変は誰から見ても明らかだった。初めはダイエットだと言っていたが、もうこの言い訳は無理だろう。
新しい言い訳を考えないと面倒な過保護男が現れる。ただでさえ最近でもあの銀髪の心配そうな視線があるのだから。




「…何か悩み事でもあるの?私でよければ何でも聞くよ?もしかしてうちはイタチが理由じゃないの?いくら幼馴染とはいっても何年も音信不通だったんだから、やっぱり噛み合わないところとかあるんじゃない。」




向かい合うように座っていた紅は手に持っていたマニキュアを置き、さらに強い視線を投げかける。だけど面と向かって聞くのは流石にバツが悪かったのか備え付けのインスタントコーヒーを手早く準備し終える。その白い喉に一口含むと香ばしいコーヒー豆の香りが室内に充満し始めた。

換気していない部屋に籠る香りに誘われるように、私も彼女が入れてくれたコーヒーを口にする。このままカフェでのガールズトークみたいな話題に流れていくことを期待しながら。


だが紅は私のそんな意図に気付いてるかのようにカップに口を付けたまま、空いた片手の指で机を弾く。端正に整えられた爪で私に話の続きを促そうと、規則的な速さでずっと。
この態度では素直に話すまでは解放してもらえないか、と諦め半分の思いが渦を巻く。景気づけだとカップの底が見えるまで一気に飲み干し私は口を開いた。






『ヤだなー紅の勘違いだよ。イタチは何も関係ないし悪くもないよ?私自身、今回のダイエットは痩せすぎちゃったって思ってたしね。私は今イタチをいれて嬉しいよ。』

「……。」

『まあ、イタチがいなかったら今更スタイルなんて気にしなかったと思うから、その点ではアイツのせいかもね。だけどあいつがいるから幸せなの、まだ私が笑えてるの。』

「そう…。」

『あーでも、どうせなら一個くらい大きな任務こなせれば本当に幸せになれるかも!文句なしの大団円!』

「何バカ言ってんのよ。椿は今年だけでも十分働いたでしょ。そろそろ後輩たちにSランクを回さないと経験積ませられないわ。」

『そうかなぁ?まだバリバリで働きたいんだけど…。』

「あんたねぇ…。でも相手はうちはイタチなんだから椿が働かなくても平気でしょ?大人しく専業主婦でも良いんじゃない?」

『…なれる、かな。』








「―でもね、私。こんなこと言っていいのか分からないけど。」





やけに口ごもりながら話す紅はフ、と言葉切った。そして気まずげに私から視線を逸らし置いたままだったマニキュアに再度手を伸ばし塗り始める。さっきと同じように丁寧に。
だが手の動く速さは比べ物にならないくらいに遅くなっていた。まるで言葉を選びながら話すようにゆっくり、じっくりと。





「本当は私、あんたはカカシを選ぶと思ってた。そりゃ私はうちはイタチをよくは知らないわよ?でもカカシだって天才って言われるくらいに立派な忍だし…。」


「何より、椿を一人にしたことがないじゃない。何時も傍にいて、何があってもあんたをおいてったりする男じゃないわ。何年も経ってから再会したのに未だ互いに思いあってるのは凄いけど…私はあんたが待ってる間ずっと傍にいたからわかるの。
どれだけ椿が辛い表情でうちはの名残を見ていたかを、ずっと。」

『カカシ、は…。』







'いい加減、俺にしなヨ'



『友達だってば…。』



'ねえ椿'










イタチが里抜けをした後、私がうちは殺しに関与していないと先陣を切って口を開いたのは他でもないカカシだった。
わたしがあの日、自室で気を失いそこを発見したのはカカシ。そして病院まで運んだのもカカシ。
わたしに何かあった時は必ずアイツが駆けつけた。任務で大怪我をした時も家族のいない私はカカシの世話になった。

気づいてはいたんだ。私を見る目が友情ではないことに。その時点で私は距離を置くべきだった。
始めからイタチのことを忘れるつもりなんて無かったのだから。だけどあの時の私にはあの暖かい手を振り払える筈がなかったんだ。





そうやってイタチが私を置いていってからの年月をカカシはずっと共に居てくれた。きっとこれから先も私がそう望めば、アイツはそばに居てくれる。イタチよりも確実に。


だけど、それは余りにも酷いじゃない。もう私が死ぬのは分かっているのにそれでもこの関係を続けようとするなんて。
そこまで最低な女にはなりたくないよ。






でも、紅の言葉でよく考えさせられれば嫌でも理解してしまった。私は今の時点でも充分最低なんだと。







[ 15/15 ]
[ return ]