細い糸で繋ぎとめた




「…なので諸器官に栄養や血液を運ぶ事がやがて出来なくなります。恐らくチャクラも同じかと。前例が一人、しかもチャクラを持たない方だったので、はっきりと断言はしずらいですが。」




嗚呼、この男は何を言ってるの?其れじゃあまるで私が役立たずになっちゃうじゃない。それどころか足手まとい。忍の意味がない、ううん木の葉にいる意味がない。止めてよ、私の唯一の存在意義を壊さないで。

死ぬのは怖くない。だけど、だけど私をただの役立たずにしないで。死ぬ最後の瞬間まで私を価値のある【忍び】でいさせて。





「‥−さん、空咲さん?大丈夫ですか?やっぱり綱手様に言って仕事を控えた方が…『…止めろ。』

「え?」








『‥あ、いや‥何でも、ないです。綱手様には私から言いますんで余計な事は言わないでください。』

「っいや、ですが‥。」

『お願いですから秘密にしておいて下さい。』




結局医者の話から得られた情報はこれと言ってゼロ。ならもう此処にいても意味はないかな。
また来ますね、そう担当医に微笑んではだけていた胸元のボタンを1つ1つ留めていく。なにか言いたげな視線が寄こされたがそれすらも無視。

パタンと診察室の扉を閉じる直前、困惑した様に眉を下げる先生の顔が隙間から見えた。果たしてその表情は私みたいな面倒臭い患者に対しての不満か、それとも病気を治せないことからの罪悪感からなのか。
まあ、どちらにしてもどうでもいいのが本音なのだけど。



急患です!と前から慌ただしく走ってきたナース達を横目に真っ白な廊下を進んでいく。私が看てもらっていたのは末期患者専門のところ。一見健康体な私はきっと周りからは患者、それも余命宣告を受けたなどとは思われていないのだろう。見舞いに来た親族程度にしか。

だがこの白くて無機質な空間に押し込められて死ぬよりかはましか。こんな何もないところにいたら自分が死んでいるのか生きているのかすら見失いそう、だから病院には幽霊が多いんだ。きっとそう、自分が死んでるって分かってないのがウロウロしてるんだな。







ついこの間の余命宣告から約1週間くらいたっただろうか。「精密検査に取り敢えず行って来い」と綱手様のお小言を避け続けていたが、とうとう今朝あの怪力にぶん殴られた。意識が飛ぶ時、最後に見えたのは満足げに微笑む綱手様。

目を再び開いたときには既に検査が終わり、私の身体はベッドに横たえられていた。そして病気について少し話をきき、今に至る。



仕事はつづけたいなぁ。でも任務中に症状が悪化すれば自分どころか仲間までもが危険になっちゃう。足手まといはダメ、それだけは…。



『絶対今の私情けない顔してる。…可笑しいなぁ、今更死ぬ事なんて全然怖くないのに。何で笑えないんだろ。』

『私は、私は笑う事しか出来ないのに…ね。』






診察室からさほど遠くない位置にあった化粧室の鏡を覗けばそこに映るは酷く歪む自身の顔。日頃貼り付けている作られた微笑みは微塵も残ってはいない。その現実が余計に心を不安に揺らした。たかが死ぬくらいでここまで心が乱れるなんて、夢にも思わなかったのに。

洗面台の底にある穴を栓で塞ぎ、そこに水道水を勢いよく流しながら私は己の頭を水中へ潜り込ませた。





私は、強いんだ。一人でも大丈夫、今までと同じように生きていける。誰にも病気を知られないように、知られないようにきっと忍者だって続けていける。そうに決まってるんだ、私には仕事しか残っていないんだから…。




瞳を開いて見えた透明な景色は、酷く美しくて酷く悲しかった。

汚れ一つないけれど、自分以外の異物が存在しない水中はまるで今の私を表現している様な気がしたから。里で独りぼっち、頼れる仲間も誰もいない私を。


























私の家は丁度陽が沈む位置の真下にある。なのでそのアパートに戻るということは即ち消えていく夕日に向かうのと同じこと。
沈んでいく光を追うように家路に向かって足を動かし続ければ、一心に見つめていた地面が人影で陰った。

私は相手の顔も見ず、ただ立ち止まる。きっと相手が私を避けると思ったから。なのに相手の影も止まったまま。本音を言えば若干いらついたけど、そんな事言えるはずもないから後でちょっとした嫌がらせでもしてやろうと顔相手の顔を確認した。
顔を上げた瞬間「後悔」という感情が心を支配したけど。嗚呼、私ってホント馬鹿。






『イ…タチ。』

「‥久しぶりだな、椿。」




彼の家に押しかけて以来、目にしていなかったイタチ。いやどちらかというと私が彼を避けていたのだけど。どうやら自分でも呆れるくらい今日の私は平常ではないらしい。
こんな近くに来るまでイタチに気がつかなかったなんて。

コイツも‥あんな事言った女、無視して避ければ良いものを。






『何の用?私にこれ以上関わるなら、本当にこの前のコト実行するよ?』

「……。」





傘を私に握らせ、肩を濡らす貴方が嫌い。いつも私を優しく受け入れて、それでいて残酷で甘美な貴方の優しさが嫌い。
突き放すならいっそ壊れるほどに傷つけて欲しい。蔑んで痛めつけて私の中の貴方を「愛しいイタチ」を殺して欲しい。そうすれば私は忘れられただろうから。





『‥なーんてねっ。余命は本当だけどお願いは嘘だよ。』





驚いた?と無理やり口角を上げ、大げさに手を振れば、自然と頬に何かが零れ落ちる。きっと彼にはただの雨に見えている、だから、だから気付かないで私の気持ちに気づかないで。

決してイタチの重荷になりたいわけじゃない。ただ私がいなくなったあと他でもないイタチにだけは「わたし」を覚えていて欲しかった。暗部の紅椿ではなく、上忍の椿でもない一人の女としての私を。

だけど私たちの関係は昔と変わった。こんな事を望んで良い物ではないんだ。もしかしたらイタチは里にいない間に、私よりも惹かれる人を見つけてしまったかもしれない。もう私のことなんて赤の他人としか認識してないかもしれないから。







「………。」

『‥大体さあ、イタチと離れて何年も経ってるんだからそこまで引きずってないし、私地味に人気あるからね? 』

『だから冗談。ちょっとからかっただけ。』




『気にしないで、サスケと仲良くね。』













強がって虚勢を張ってあんな事を口走ったのだ。どう思われたにせよ絶対コイツの記憶の中にも残っている筈。なのに何故姿を現すの。今は、笑って冗談と言えるほど落ち着いてないのに。

あと数分で家に到着だというのに、最後の最後で立ちはだかったのは到底乗り越えることのできなさそうな壁。何年も見過ごして、遠回りしてきた彼を今回もスルーすることは不可能そうだし、ましてや壊すことも出来ない。
私は何と口を開けば良いのよ。





「俺はお前の言葉が嘘だとは思って無い。昔から人に迷惑がかかる嘘は吐かないだろ椿は。
まあ、捨てた筈の過去から答えを得るのは皮肉だがな。」




赤い双眸がスッと細まり珍しくその口角も角が取れる。自嘲なのか昔の微笑ましい事を思い出してなのかは分からない。だけど私の不安定な心を更に掻き乱すには十分すぎた。




『だから何?もし私の本音だとしてもどうするの?一緒にいてくれるの!?私は‥一人で生きていける!!』

「‥‥。」



拒絶されるのは言うまでもなく嫌よ。だけどね偶に紡がれる優しい言葉も嫌なの。つかず離れずで曖昧で、お互いの気持ちも本音も分からない現状が死ぬほど嫌で、大嫌い。
本当なら今の関係に歪めたイタチを憎めれば一番楽なのに、なのにソレは難しそうで。でも一番嫌なのははっきりできない自分よ。





『私を捨て置いた男に今更口出しされる謂れはないわ!!』





なんて、一人で平気な奴が毎晩未練がましく男の家に足を運ぶわけが無い。だけど、だけど私はそう言わなくちゃ、本当に可哀想な女になってしまう。ずっと自分を捨てた男を待っていた可哀想な女に。




「…なら、何故ソレを首につけている?本当に俺を何とも思っていないなら、ソレなんて新しい男を作るのに邪魔なだけだろう?」





以前よりも控えめに首元を飾るアクセサリー。インナーの更に下に入れているためそうそうこの存在は気づかれない、気づかれてはいけなかった。里の裏切り者だったイタチから貰ったもの。そんなものを彼のいなかった此処で付けていても風あたりは悪いもの。そして今は、彼に私の思いを知られたくなかった。



イタチを連れて帰ったのは里からの任務。

サスケを連れて帰ったのも里からの任務。

二人のために行動するのも里の任務。



そう言えば貴方は気づかないでしょう?私の心の奥底には未だ変わらずにイタチが巣食っているということに。それでいい、それでいい。
もし貴方に他に思い人が出来ていたとしたら。私はそれを聞きたくないもの。そんな事実受け止められないもの。だから、気づかないでいてよ。



『‥っ何よ、もしかしてまだ私がアンタに未練あるとでも思ってんの?』

「‥‥。」

『自惚れないで。コレは高そうだから付けてあげといただけよ。』


『こんなの別に大切でも何でもないから。いっそのこと‥。』





黒のインナーから引き出したシルバーのネックレス。小ぶりな花のモチーフも全てが華奢で力を入れればプツンと切れてしまいそうなもの。

私は揺れるそれを一睨みし、チェーンを一気に引っ張った。ギシと軋む音がして何か硬い力にかちあたるがそれを無視し更に力任せに引けば小さな音が鼓膜を揺すった気がした。
均衡する力が一気に無くなり私の手は力なく落ち、首にあったモノは弾けとんで宙に舞う。
嗚呼、壊れたんだ。










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