ボルサリーノと恋人同士になった次の日から悪質な嫌がらせが始まりました。 ボルサリーノの昔の火遊びの方からです。 「………チッ」 ロッカーを開ければ中から生ゴミとずたずたにされたシャツ、それから失くしたと思っていた書類が破かれて入っていた。 最初こそは「鍵掛けてあるのにどうやって入れたんだこわっ!」と思ったが今では当たり前の様になってしまい「掃除すんのダルい」という舌打ちしか出なくなった。 後輩が心配した顔をしながら後ろで右往左往する。 「あの、先輩…もう被害届けを出した方が…っ」 「あー、良い良い。面倒事は出したくない」 「ですが日に日に酷くなっていってるじゃないですか!?」 「良いんだって。これが当たり前なんだから」 そうこれが“当たり前”なんだ。 昔…といってもつい最近までのボルサリーノの女遊びはそりゃもう酷かったもんだ。 毎日コロコロと綺麗な女性から可愛い女性を変えては本部にある寮に連れてセックス三昧していたらしい。(自分以外の複数の女と関係を持ってても尚近付く女達の神経を気味悪がった時期もあったなぁ。) 俺の部屋とは離れてたから知らなかったが(知りたくもなかったが)女の喘ぎ声がそりゃもう響いて響いて……女っ気の無い奴等にとったら地獄だったそうだ。 ボルサリーノは俺には分からないが女の目から見たらイイ男らしく女の影は跡を絶たなかった。 そんな男に行き成り「結婚を前提に“彼”と付き合う事になりました。もう君とは遊びません。」と俺の写真を見せつつ関係を断ち切られればそりゃぁもう女達は怒髪天だろう。 それがボルサリーノに行くんじゃなくて俺に来るとは…まさに女ってのは陰湿で怖い生き物だ。 痛む頭を抑えながらとりあえずロッカー片付けた。 「―――ちょっと」 「はい?」 自分のデスクで今日中に提出しなくてはいけない書類をやっていたら間近に美女がっていた。 どうやってここに入ったかは知らないが同僚達が困った表情で彼女の後ろをウロウロしているから無理にでも入ったのだろうと空気で分かった。 美人さんは胸元がパックリ空いた露出の高い服にデカい胸を強調させるように腕を組んで俺を睨んでいる。 美人ってのは怒ると迫力があるなぁと思いながら当たり障りのない様に「どうかしましたか?」と分かってて聞いた。 「アンタがボルサリーノの新しい恋人?」 「―――ええまぁ彼とはそんな関係をさせて頂いてますね」 「ふん。こんなブサイクが恋人とか…どうせ同情を誘って漬け込んだんでしょ?」 「(いやいやいや。同情とかよりも人の話しを聞かないで初っ端からディープキスかまされましたけど言わないでおこう)」 「彼は優しいからお零れで付き合ってあげてるだろうけど…趣味を疑うわ」 「(溜め息とか。俺が付きたいよ)」 「っ、聞いてるの!?」 「ぃで!ちょ、ちょっとお姉さん落ち着いて…っ」 美人さんの話しを肯定も否定もせず黙って聞いてたのが不味かったらしく髪を掴まれ顔を上げさせられた。 ブチブチィッと嫌な音が鼓膜に響き同時に痛みにも襲われた。 これが男だったら隠しナイフでさくっとやりたいのだが相手は女性…どうしようか視線を泳がすが皆彼女の気迫に負けてしまい腰が引き気味で無理だと確信した。 これまもう怒りが収まるまで俺の髪を犠牲にするしかないなと思ったその時。 「おや〜。これは一体どういう状況だぁ?」 「っボルサリーノさん!」 間の抜けた話し方と後輩が呼んだ名前に厄介者が来てしまったと思いながら美人さんに掴まれている髪の痛みに耐える。 美人さんは「ボルサリーノ!!」と大変嬉しそうな声を出して掴んでいた俺の髪を振り払うとねっとりとした仕草でボルサリーノの腕に細い腕を絡ませた。 溜め息を吐いて乱された髪を直しながら視線を前に向けると―――鬼を背負ったボルサリーノが小鹿の様に震える美人さんの頭を鷲掴んでいた。 普段笑顔の奴が真顔になるとこんなに怖いものなのか。 「な〜んでダックスの髪があんなに乱れてるんだぁい?ん〜?」 「ぃ、痛いっ痛いわボルサ「臭くて汚い口でおれの名前を呼ぶんじゃねーよ」…ひっ、」 「―――って、何してんだよお前!?痛がってるだろ!」 「おっと。何するんだよ〜〜」 女性には優しそうな印象のボルサリーノの行動に驚いて一瞬呆けてしまったがすぐに二人の間に入り込み美人さんを庇う様に立つ。 それが気に喰わないのかボルサリーノは隠しもせずに顔を顰め嫌な顔をすると俺に、というか頭に手を置いて所々跳ねている髪を直しながら撫でる。 「あーあ。こんなに菌が付いちまって…後で一緒におフロだねぇ〜〜」 「入るか! じゃなくて、仮にも元恋人に手を上げるとか…どういう神経してんだお前!?」 「“元恋人”? ダックスはなぁにを言ってんだ?恋人も何もソレは便所なんだから無機物と関係を持った記憶なんてねーよー」 「何言ってんだはお前だあああ!!」 「べ、便所ですって!?」 ボルサリーノの問題発言に美人さんの怒りのボルテージが限界突破したようだ。 真っ黒な長い睫毛で縁取られた大きな瞳にたっぷりと涙を滲ませながらボルサリーノに向かってクラッチバッグを投げつけた。 だけど光人間には物理攻撃は効かないので通り過ぎ壁に当たって落ち残念な結果となった。 盛大に舌打ちをして息荒くヒールの音を立てながら部屋から出て行った美人さんに色んな事を謝ろうと声を掛けようとしたがボルサリーノの手が俺の口を塞ぎ更には甘ったるい声で俺の名前を呼びながら抱き付いてきた。 修羅場の後、しかも職場(上司部下の前)でこんな事をされて怒らない俺では無い。 口を塞ぐ手を払い除け「好い加減にしろ!今すぐ彼女のとこに行って謝って来い!!」と言おうとしたが口を開いただけで発声出来なかった。 何故ならボルサリーノの顔が今まで見てきた笑顔の中で一番恐ろしかったからだ。 「汚い便所に触れられて汚れちゃったね〜。シャワーでも浴びに行こうかぁ」 「…は、い……」 有無を言わさずにシャワー室へと連れて行かれた俺は全身万遍なくボルサリーノに洗われ恐怖以上の体験をした。 次の日。何時もだったら荒らされていたロッカーには変わりに花束が引き詰められる様になり今度は別の意味で頭を抱える事となった。 |