このネタより。



ぷちん。

「あ」

こん、と音を立てて小さな半透明のボタンが床へと落ちた。

別に困る事は無いが無ければ無いで気になってしまう。
そんな存在である学校指定のワイシャツのボタンを掌に降旗はどうするか悩んだ。
小さい事で悩んでいるなとは言わないでおこう。
上から三番目という中途半端な位置のボタンにこんなにも悩まされるとは思わなかったと降旗は溜め息を吐いた。

放課後になったが未だに降旗はボタンをどうするか悩んでいた。
掌に載せた小さなボタンを睨むがそれが勝手に縫われる訳でも消える訳でもない。
もう遅いが保留にして部活に専念しようと降旗はポケットに仕舞った。
再度だが小さい事で悩んでいるなとは言わないでおこう。


「あれ。フリ、そこボタンねーぞ?」
「なんでこういう時だけ目敏いんだよ火神ぃ…」

部室で着替えてた際に見えた降旗のワイシャツを火神は指差し言えば皆の視線を集めた。
降旗はどうでも良い時に小さな変化を見付けたエースに再度溜め息を吐いた。
便乗して黒子、河原、福田とボタンの無い箇所を確認しては「無いですね」「ないなー」「ない」とただ感想を言って着替えを再開しに自分のロッカー前へと戻った。
なんなんだこの同期達は…!と何とも言えない気持ちになった降旗に誰かが優しく肩を叩いた。

「? 水戸部先輩?」
「………」
「あの、何か?」
「…………」
「“ボタン無いと困んじゃない?”って言ってるぞ!」

流石小金井である。
小金井の言った通りなのか水戸部はコクコクと頷き降旗に手を差し伸べた。
どうやら水戸部が縫ってくれる様だと思ったがこれから部活が始まるのにそんな暇は無いのではと降旗は思ったが先輩の気持ちを無下にしては可哀想だといそいそとワイシャツを脱ぎ渡した。

「………」
「“じゃぁ預かるね。名前ちゃんに任せれば物の数分で終わるだろう”って言ってるぜー」
「え!?苗字先輩にですか?大丈夫なんですか?」
「だーいじょうぶだって!それに水戸部が部活中にそんな事したらカントクに追加メニューされるから。それに苗字さん裁縫すげぇプロってるから!」
「へー。そうなんですか…」

水戸部が言っているのを代言してるのか本心から言ってるのかは分からないが降旗は水戸部の彼女である苗字にボタンを縫って貰う事に嬉しくなり顔を綻ばせた。

バッシュの擦れる音とボールの弾む音が響く体育館の隅でパイプ椅子に座って針仕事をしている女子生徒が居た。
彼女こそ苗字名前である。
水戸部からのメールを受け取り体育館にやってきた苗字は「あらあら。お安い御用よ」とにっこりと微笑んでワイシャツを受け取り作業へと入った。(余談だがそれを羨ましく思った火神が自分のワイシャツのボタンを手で引きちぎり「苗字さん!俺も取れた!」と言って渡していた。黒子と日向に怒られていた。)
降旗のボタン付けをすいすいと流れる様に、しかし早いだけでは無く元の状態よりも綺麗にかつ頑丈に縫い付けていく苗字の姿は「裁縫に手慣れた母親」の姿である。

「―――よし。降旗くーん。終わったよー」
「は、はい!ありがとうございました!!」

玉結びをして外れないか最終確認をしてから縫い終えたワイシャツを降旗に返す苗字の姿はまさに「母」。
二人は確かに年は違うが「一歳差」だけであるのに不思議である。
そう見えてしまうのかは苗字自身の持つ独特な雰囲気とおっとりとした話し方だろう。
その年の女性にしては妙に落ち着いた性格をしており行事等では皆が騒ぐのを遠目で頬に手を当てて保護者の顔をする。
そんな彼女だからあだ名は「お母さん」又は「母ちゃん」だ。

「また取れたら言ってちょうだいね。降旗くんが良かったらだけど」
「い、良いんですか?」
「勿論。可愛い後輩の頼みなら喜んで受けるわ」
「苗字さんっ……!」

「俺には後輩じゃなく息子と聞こえたんだが…」と伊月が呟いた言葉に皆が頷いた。
のほほんとした笑顔で降旗と並ぶ苗字を微笑ましい顔で遠くから眺める水戸部に小金井は「水戸部は本当に苗字さんが好きだな!」と肩を叩いていた。
何を言ったか気になるが聞きたくない惚気なんて聞きたくないと皆、水戸部からそっと顔を逸らした。