消えてしまいそうだ。 彼はいとも簡単に人の手からすり抜ける。 すくってはこぼれ、すくってはこぼれの繰り返しだ。 乾きをもつ手で直接触れようものならばあまりにも儚すぎて乾くというより消えてしまう気がしてしょうがない。 「消えちまいそうだな。」 『…何が?』 光に輝く黒髪に今にも溶けてしまいそうな蜂蜜色の目。 その目に見つめられると自分が自分ではなくなってしまう。 そして自分と同じ色の瞳ということに狂ってしまいそうなくらいの歓喜を覚える。 他人なのに前世から結びついていた特別な存在だったのだと思えてしまう。 firstを見つめていると痺れを切らしたのか『今日は変だな、クロコダイル。熱でもあるのか。』とクロコダイルの額に手を当てた。 「…ねェよ。心配するな。」 『そうか、よかった。』 そう言うと再びデスクに目を向け作業し始めた。 そんなfirstをクロコダイルは再び見つめ始めた。 この男が消えてしまいそうで、怖い。 確実につなぎ止めておきたい、何が何でも。 暫く見つめた後、firstのデスクへ近づいた。 firstは案外掃除の出来ない男らしい、埃がたまっていた。 いや、彼は掃除は出来ていた気がする。 それどころか何でも出来ていたではないか。 firstとの思い出を思い出しながらデスクを優しく撫でる。 あいつの顔は、体格は、性格、趣味… クロコダイルは基本、人に興味を持たない。それどころか人を信用しない。 部下すら信じるには値しないのだ。 そんなクロコダイルが唯一心を許し、傍に置いていたのがfirstだった。 しかし、彼はつい先日他界したばかりだった。 自覚したくはなかったのに気がついてしまった。 ポタリとデスク上置かれた手に生暖かい水がこぼれ落ちてきた。 溢れ出るそれにみっともないと思いつつ、袖で拭う。 「あいつは、もういねェ。」 これだから人は信用ならない。 たった一つの約束さえ、守ってくれないのだから。 クロコダイルを包み込むように窓からそよ風が吹き込んできた。 分かっていた、最初から。いつか消えてしまうなんて。 (信じてたのに) ---------- Thank you for 黒野様! |