皆が寝静まった隙を見計らい水浴び場で己の身体を濯ぐ。 身体中に残る己が殺した男の手の感触が気持ち悪くつい強く擦る。 その所為で皮膚を擦ってしまい小さな痛みと赤くなっていく肌に顔を顰める。 アル・ムアリム様の命令にて殺した男は無類の男好きであった。 容姿は問わずただ同じ男を支配する快楽に溺れた哀れな男の始末への任務が我らに下った。 男に近付き好意を見せ付け夜伽へと持ち込んだ所を暗殺する計画であった。 そんな任務を自ら進んで行おうとする者は居らず其処で己が抜擢されたのだ。 だが己で良かったと思っている。 己以外の皆は体格も良く力も有りこの様な任務には向いていない者ばかりである。 それに比べ己は細く力も無い弱者であり(唯一の誇れる事と言ったら自身の容姿である。)この様な任務を幾度も経験しているので抵抗も無く引き受けた。 だが感情までは消せなかった。 擦り剥けた箇所と男に抵抗され殴られた箇所に冷たい水が染みた。 水と共に流れていく血を無心で眺めていれば後ろまで歩み寄っていた気配に気付けずにいた。 「任務は終わったのか」 「! ア、アルタイル様…っ」 突然掛けられた声に驚き身構えると我が師アルタイル様が己を見下ろしていた。 すぐに構えを解き頭を垂れる。 「先程終えて戻りました」 「アル・ムアリム様に報告は」 「汚れた身では会えないと思い清めてから参ります」 「ほう。こんな夜更けにか」 「っぁ、」 アルタイル様に言われ自分の失態に気付かされた。 今は夜深い時間――アル・ムアリム様はお休みになっているではないか。 どう返せば良いか分からいのとアルタイル様の威圧に押し潰され言葉が詰まる。 「それで…報告はどうする」 「っ……も、申し訳有りません…」 「何故俺に謝る。俺は関係無い」 「………」 謝る事しかしない己にアルタイル様が苛立つのが肌で感じ取れた。 どう切り抜ければ分からず頭を垂れたままアルタイル様からの圧を受けていると足音が聞こえた。 「ん?おい、アルタイル何をして―――first?」 「マリク様…」 「……報告は明日一番にしておけ」 「は、はいっ!」 書物を抱えたマリク様がアルタイル様を発見すると必然的に己にも気付く。 裸の己に顔を顰めるマリク様を見たアルタイル様は一言そう言うと闇へと紛れて行った。 「first、その恰好は?」 「これは…身体を清めてました」 「「清め」?……おい。何だその怪我は」 「任務中に負った物です。見苦しい物を申し訳有まり――マリク様!?」 怪我(というより痣)を発見したマリク様は素早く上着を脱ぐと己に被せた。 その行動に驚いていると身体が宙に浮き――抱き上げられたのだ。 普通に肩に抱き上げるならば良いが背中と膝裏に腕を回された格好で抱き上げられたのだ。 「マ、マリク様…衣服が汚れてしまいます…!」 「構わん。それより手当だ。俺の部屋に行くぞ」 「マリク様!!」 「――黙れ」 「!」 降ろして頂く様声を上げるがマリク様の鷹の様な鋭い睨みに負けてしまい大人しくする。 そのままマリク様のお部屋(弟君のカダール様の部屋でもある)まで運ばれていかれると己の部屋にある寝床とは雲泥の差の寝床の上に降ろされた。 「己は床で充分ですっ…これ以上マリク様にご迷惑は、」 「first。俺は迷惑していない。だから気にするな」 「しかし…っ」 「もう一度言う。気にするな黙って手当をされろ」 「………申し訳有りません」 さっきと同じく睨まれこれ以上は抵抗をしてはいけないと思い黙った。 マリク様は戸棚から包帯や薬草を取り出し己の前にしゃがむと腕を取り無駄の無い動きで手当てを始める。 何処に目を向ければ良いか分からずマリク様の手を見詰めていると不意にマリク様の手が己の頬に触れた。 暖かな手の平が水を浴びて冷たくなった己の肌に染み込む。 「マリク様、あの…どうされましたか?」 「抱かれたのか?」 「え、―――!い、いえ。此度の任務は何も…」 「「今回は」、か」 「………」 まさかのマリク様の質問に戸惑いながらも応えれば悲しそうなお顔をされた。 何故その様なお顔をされるのか分からず首を傾げるとマリク様のお顔が近付いてきた。 「マリク様?」 「first…」 動かずにいると更にマリク様のお顔が近付き唇が触れ様としたその時――きゅるる…と小さく何かが唸る音が下から聞こえた。 私の腹の音だ。 「………」 「…………ふっ、ふふ」 「!? わ、笑わないで下さい!」 任務開始から一食も取っていない腹が限界を知らせそれに笑うマリク様に顔が熱くなった。 再度小さくなれば今度は大きく笑いだすマリク様に私も大声を上げてしまい隣りの部屋の者に壁を殴られた。 「アルタイル」 「マリクか。どうした」 「firstが心配なのは分かるがもう少し素直になった方が良いぞ」 「…余計なお世話だ」 「(そんな泣きそうな顔をするならさっさと素直になれよ)」 |