「あの人は素晴らしい人なのよ」

お袋は何時も嬉しそうに親父の話しをする。
俺はお袋のその神経が分からなかった。

「…お袋、何回話すんだよ」
「何回でもよ。貴方という宝物を私に授けてくれたもの」

微笑むお袋は俺の頭を撫でると流れる様に太腿に置かせた。
ふわりと香る甘い匂いが鼻を擽った。

若くして俺を身籠ったお袋はたった一人で俺を産み育ててくれた上に病気に掛かっても俺を養う為に身体に鞭を打って出稼ぎなどをした。
小さかった俺でも分かったのだ、俺達は親父に捨てられたのだと。
だけど俺は親父を心の底から憎めないでいるのだ。
それはお袋が大事に持っているロケットペンダントの中――若い時の(今も若いが)お袋と親父の写真の所為だ。
親父は小さいお袋がもっと小さく見える程体格が良く…俺に似ていた。
「この人が貴方のお父さんよ」と。初めて写真を見せて貰ったのは十三の頃だった。
仲睦まじく肩を組む親父とお袋の写真は俺の気持ちを複雑な気分にさせあまり好きでは無かった。
だが写真を見詰めるお袋の瞳があまりにも綺麗で嫌いにもなれなかった。

「……(俺ってマザコンなのか?)」

緩く頭を撫でるお袋の手に眠気が誘われてしまう前に聞いておきたい事があったので話した。

「……もし」
「?」
「もし、親父に会えたら…お袋はどうする?」
「…そうね。どうしようかしらね。考えたことも無かったわ」

とりあえず、殴るかしらね?と笑顔で言うお袋に背筋が冷えたのはここだけの話しだ。

数年後。「お父さん見付けたわよ!」と言ってお袋が清々しい笑顔でボロボロの黒い塊を片手で引き摺る姿を見るとは…この時は想像もしなかった。
てか想像する訳がなかった。