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アウイライト

傘が意味をなさないほど激しく降る雨の中、足を早める。
昔馴染みが経営しているカフェバーの開店祝に行き、気付いたら日付を跨いでいた。
頻繁に会っていたから懐かしさはなかったがついつい話し込んでしまった。
いざ帰ろうと外に出たら走っては帰れないであろうほどの豪雨。
店に置いてあったビニール傘を借りて帰路を急いだが人よりも体格のいいキッドには小さく、足元は完全に雨で濡れていてひどく不快だった。
帰ったらすぐにシャワーを浴びようと一人考えながら自身の管理するマンションに着くと、その前に何か塊があるのがわかった。
面倒事が大嫌いなキッドは、出来たら無視して帰りたかったが生憎場所が悪い。
先程も述べたようにここはキッドが管理しているマンションなのだ。
無視はできない。


「…おい」
「………」


なんでもいいから早く何処かに行ってほしい思い一心で声をかけたがその塊はうんともすんとも言わず俯いたままだ。
なんだこいつ死んでんのか?
それはそれで面倒だ。凄く面倒だ。
また一つため息をつくと塊の前にしゃがみこんだ。


「なあ、聞いて…」
「っゃ!」


顔を上げさせようと伸ばした手は、塊―――男に触れる前に叩き落とされた。
その拍子に上げられた顔は恐怖に怯えていて、ボロボロとその藍から流れる水は雨ではなく涙だった。
ガタガタと震える身体を小さく丸めている様は、今までキッドが持ち得なかった庇護欲を煽った。
そこからは早かった。
震える男に着ていたジャケットを被せると、長身のわりに軽い身体を抱き上げ家に連れて帰った。
もちろん男は激しく暴れたがその力は弱く、次第に大人しくなっていった。
今時珍しくない指紋認証でドアを開け、真っ直ぐ浴室を目指す。
タイルの感覚が好きではないからと敷いたバスマットの上に男を降ろすと、男はキッドから距離をとった。
眼からは涙が溢れているくせにこちらを睨みつけてくる男にキッドは触れることなく、浴室を出て外から声をかけた。


「とりあえず風呂入って温まれ。着替えは棚に置いとくから」


キッドは男の返事を聞かずに脱衣所から去ると、自身も濡れた服を着替えた。
暫く何の音もしなかった浴室から微かに水温が聞こえたのを確認すると、キッチンに立った。

それから20分程するとリビングのドアが小さく開いた。
その音に振りかえると、タオルを頭に被って隙間からこちらを窺うように見ていた。


「んなとこに居ねえでこっちこい」
「……」
「別に取って食いやしねえから」


寧ろ食うのはお前だと、テーブルの上に待っている間に作ったミルク粥を置いた。
暫くジッとキッドを見ていたが、匂いに誘われたのか、ふらふらとした足取りで粥の前に座った。


「毒なんて入ってねえからさっさと食えよ。冷めちまうだろ」
「…」


椅子に座ったものの一向に食べ始めない男に声をかけると、恐る恐るといったように男は粥を口に運んだ。
一口飲み込むと、お気に召したのかかきこむ様に食べだした。
勿論粥は熱いのでそれなりのペースだが。
キッドはそんな男を見ると男の前には座らず、向かいに背を向けて置いてあるソファに座り、テレビの電源を入れた。
別に今から何か見るつもりはないが、無音状態だと居心地が悪いだろうという男への配慮だ。
ボーっとテレビを見ていると後ろからしていた食器の音が止んだ。
振り返ると案の定男は食事を終えており、椅子の上で両膝を抱えながら蹲りこちらを見ていた。


「もういいのか?」


立ち上がりテーブル越しに声をかけると、今まで無反応だった男が小さく頷いた。
それに少し驚きながらも空になった食器をシンクへと持って行く。
キッドの家はカウンターキッチンなので食器を洗いながら男へと声をかける。


「あーっと…お前名前は?」
「…」
「俺はユースタス・キッドっつーんだけど…」
「…」


いつまでも名無しでは困るので聞いてはみたものの、やはりというか返ってきたのは無言だった。
どうしたものかと苦笑を浮かべると男が小さく口を開いた。


「……ー」
「…悪い、もう一回」
「………ロー」
「ロー?」


多分、おそらく聞こえた音を復唱すると、また小さく頷いた。
どうやらローで合っているようだ。
漸く知ることが出来た名前と声に一つ息をつくと、今度はローの前の椅子に座った。
ピクリとローの身体が反応したのをみて、少し椅子を引いて距離をとった。


「聞きてえことはいろいろとあるんだけどよ。取りあえず…寝るか」
「……ぇ?」


キッドの台詞が予想外だったのかローは眼を瞬かせる。
そんなローを見てキッドは小さく笑いながらも、ローの眼の下にある隈や顔色の悪さに今日はもう寝かすべきだと判断した。


「よし。じゃあ歯磨いて寝るぞ」


新しい歯ブラシを出してやるからと、ローをそのままにキッドは洗面台に向かう。
丁度よくあった歯ブラシを持ってリビングに戻ると椅子に座ったままのローの前に置き、寝室に入っていった。
ローはそんなキッドを呆然と見ていたが、やがて新品の歯ブラシを手にとると洗面台へと向かっていった。


「終わったか…ってどうした?」


ベッドメイクをしてリビングでローを待っていると、ドアから入ってきたローがソファを見つめて固まっていた。
厳密に言えばソファに置いてある白クマのぬいぐるみを見て、だ。


「これか?キラー…ダチに貰ったんだけどよ。なんつったっけ…パボ?ん?ピボ?」
「……ベポ」
「ああそれだそれ!なんだ好きなのか?」
「………」


ぬいぐるみ―――ベポから視線を外さずに、ローは頷いた。
心なしか眼がキラキラしているような。
ならばとキッドは隣にいたベポをローに渡すと、ローは小さく、本当に微かに笑った。
キラーから何故か貰ったベポのぬいぐるみは抱えられるほどの大きさで、邪魔だし趣味でもないから捨てたかったのだが、如何せん友人からのプレゼントだったので捨てるに捨てられず今日までソファを陣取っていたのだ。
しかしここにきてようやくソレが意味をなしたので、捨てなくてよかったとキッドは小さく安堵の息をもらした。


「ソレやるからもう寝るぞ」


ベポをぎゅっと抱きしめるローを寝室の前でドアを開けながら呼ぶ。
恐る恐る寝室に入るローになんにもしねえよと苦笑する。


「そのベッド使っていいから。明かりはどうする?常夜灯つけとくか?」


頷くローを見て寝室のライトのリモコンを操作し、ローに渡す。


「じゃあ、おやすみ」
「…………み」


寝室を出る時に僅かに聞こえた声にキッドは緩く笑みを浮かべると、もう一度おやすみと言ってドアを閉めた。
そういえば風呂に入っていなかったことを思い出し、適当にシャワーを浴びた。
浴室から出てリビングに戻りソファに寝ころぶ。
ローに譲った寝室は客間等ではなく、キッドのベッドだったので、当たり前にキッドが寝る場所はリビングのソファになるのだ。
明かりを全て消し、目を瞑ると眠気が一気に襲ってくる。
それにしても改めて考えると自分はいったい何をやっているのか。
見ず知らずの男、しかもかなり面倒事を背負っていそうな怪しい男を家に連れて帰り自身の寝室に寝かせるなど悪友達が聞いたら頭でもイカレたかと心配されるだろう。
だがどうしても放っておけなかったのだ。
儚くも気高い、あの藍を――――



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まあよくあるパターンですよね。何番煎じだっていう話ですよね。
ローさんが拾うかキッドさんが拾うか二択のよくある話しですすいません。
題名は藍宝石という瑠璃色の稀少性の高い宝石の名前です。
続けるつもりですが、管理人ってば連載を終わらせたことがないんですよね…最低なことに。
なので結構な確率で半端モノになると思いますが、今回こそは!と思っていますので、気長に気軽にお付き合い頂ければと思います。


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