「俺さァ、大学卒業したらてばチャンと結婚するからァ。祝ってネ」 そう言い放った従兄弟の言葉はニオイを嗅ぎとるまでも無く幸せそうな柔らかな言葉でそれと同時に何故か仄暗いモノを感じた。 事の発端は従兄弟である、奇しくも名前が同じ4歳上のアイツが神奈川に帰ってきたことから始まった。 少し用事があって横浜に出てきたときふと久し振りに実家に寄ってみるかとその足で実家に帰ってきた。 アキちゃんに会って母さんと妹、珍しく仕事が休みだったのか父さんと少し話をしてからさて帰ろうと玄関を出たときだった、ソイツと鉢合わせたのは。 同じ箱根学園を卒業した後東京の大学に進学したアイツは年末年始や盆の時期以外殆ど帰って来ることは少なく電話やメールすらあまり寄越さねぇと母さんや妹達から聞かされた。 俺としては従兄弟の癖に名前も同じ、顔も似ていると来たら胸糞悪くて顔も合わせたくねェから万々歳だった訳だが、何故かこの冬休みでも無い中途半端な時期に帰ってきた、傍らに明らかに日本人ではない女を連れて。 「ただいまァ、靖クン久し振りだネェ、元気だったァ?ナァニ、あのリーゼントもう止めちゃったんだァ?アッハ、おも・・・似合ってたのにナァ」 「ッゼ!!なんだよテメェ喧嘩売ってんのか!」 「怒らないでヨ、ささみチャンが怯えちゃうでしょォ?只でさえ靖クン顔怖いんだからさァ、ネ?」 「はぁ!?っざけんな!テメェも似たようなモンだろうがァ!つーかささみって誰だよ!?」 「アァ、言ってなかったネ。この子、ささみチャン」 そう言って後ろで突っ立っていた女を引き寄せるとその頭に口付ける。 ケッ、気持ち悪りィことしやがって。 「ハジメマシテ、貴方がヤストモくん?話に聞いてた通りヤスくんに良く似てるのね」 「ささみチャァン、名前名前」 「アア、ゴメンナサイ。私、笹身てばって言うの。ヨロシクお願いします。」 「この子、ベラルーシの子なんだよォ。高校ん時に日本に来たらしいからァ、まだ慣れてないみたいだし色々教えてやってネェ」 とろりと甘い所々片言の日本語を放つ声、血管が透けて見えるんじゃねェかってくれェに白い肌、日に透けて光る金色の髪、そして極めつけは吸い込まれそうな青い目。 そして甘ったるく、でも煩わしくならないような何処と無く安心感を覚える匂いが嗅覚を刺激する。 今までに見たことが無いような、そんな女。 別にコイツと女の趣味が同じな訳じゃねェ、それでも初めて目にするこの女に見入ってしまったのは多分、多少なりともこの女に惹かれるものがあったからだ。 「・・・ネェ、ささみチャン、良いニオイするでしょォ?けどサァ、幾ら靖クンでもこの子はあげられないからァ、手ェ出さないでネ」 「ヤスくん・・・?」 「・・・っ!、いっ・・・らねェよ!!テメェが手ェ出した女なんか!」 「フゥン・・・ならイイけどォ・・・」 不思議そうな顔をする女の横でいつものニヤニヤとした厭な笑みを引っ込めて剣呑な光を宿す目は獲物を狙う獣のソレだ。 ゾクリと背筋に冷たいものが走る。 なんだかんだと顔を合わせることもあった、常にニヤついた笑みを浮かべていたコイツの殆ど初めて目にするだろうその表情に本能的に思った、喰われると。 「・・・・・・、っ」 「そんな身構えんなヨ、靖クゥン」 「別に・・・っ身構えてなんか・・!」 「あらっ!あらあらいつ帰って来たのぉ!入ってくれば良かったのに!あら、靖友まだいたのね」 「・・・ッセ、まだいちゃワリィかよ」 「そんなこと言ってないでしょぉ?もう、この子ったら」 「ドウモォ、お久しぶりデス。来たら丁度会ったんでェ、ちょっと話し込んじゃって」 「そうなのぉ、ほらほら上がってぇ!お母さんもあとで来るって」 「ジャア、失礼しまァす・・・あ、そォだ、この子俺の彼女、ヨロシクしてやってェ。ささみチャン」 騒がしさに様子を見に来たのか母さんが来たことで剣呑な空気は散らされさっきと打って変わった空気のアイツが隣の女の肩を抱きながら母さんに紹介を始める。 その言葉に戸惑うように女が頭を下げると金色の髪がさらりと揺れた。 「あ・・・エット、笹身てば、デス。ヨロシクお願いします」 「まぁ!やだっ、とっても綺麗な子じゃなぁい!何処の国?日本じゃないわよね?アメリカ?」 「ア・・・ベラルーシ、です。エット・・・ロシアの近くの」 「あら〜!そうなのぉ!さぁさぁ、こんなところじゃ何だから入って入って!」 「お邪魔しまァす」 「オジャマシマス・・・」 少し話して家に入るように促されアイツは相変わらず肩を抱きながら女を連れて家の中へと消えていく。 あまりの出来事に呆然と突っ立っていた俺は母親に声を掛けられてハッとした。 「靖友?あんたはどうすんの?」 「・・・アッ!?あ、ああ・・・いや・・・」 「?あんたどうしたの?あっ、もしかしてトモくんの彼女に惚れちゃったのぉ?」 「ハァッ!?ちっげぇよ!バァカじゃないのォ!?」 「まっ、この子は親に向かってバカだなんて!で、このまま帰るの?」 「・・・アー・・・やっぱもうちょいいるわ・・・」 「そっ、なら外出たついでになんかお茶請け買ってきてくれない?さっき無くなっちゃったのよぉ、はいこれお金」 「へいへい」 「へいは一回よ!」 「へーい」 福チャンも言われた言葉に適当に返し受け取った金を尻ポケに突っ込んで玄関脇に置いてあるママチャリを引っ張るとそれに乗ってペダルを回しだす。 やっぱビアンキのが軽いし速ェな。 そんな当たり前の感想を抱きつつ近所のスーパーで頼まれたものを適当に見繕い買って帰る。 玄関を開けるとリビングから騒がしい声が聞こえてくる、靴が何足か増えてる辺りアイツの母親、俺の伯母が来ているのだろう。 近所迷惑だろォが、バァカチャン共が。 「たでーまァ」 「あ、ネェ、 俺さァ、大学卒業したらささみチャンと結婚するからァ。祝ってネ」 ア?ケッコン? 結婚・・・ハ・・・? 「ア・・・?ハァアアアアアア!!?」 「ウソやだ!本当!?あんたそれで連れてきたの!?」 「あら〜、おめでたいわねぇ!こんないい子掴まえちゃってぇ!」 「おま、マァジで言ってんのかよ!?」 「アッレ、靖クン帰ってたのォ?おかえりィ、マジだけどなんか文句あるゥ?」 「ねェよ!ねェけど・・・アンタ、コイツでイイのかヨ」 「エ?あ、私?・・・大丈夫、ヤスくんきっと幸せにしてくれるから。・・・だよね?ヤスくん」 「あっは、当たり前でしょォ、寧ろてばチャン以外は俺無理なんだけどォ?」 「ふふ、私もヤスくんじゃないといやー」 「ってコトだからァ、ご心配無くゥ」 「・・・アッソォ・・・」 自分から聞いといて難だがコイツらに当てられたようで中々に砂糖を吐きそうな気分だ。 別にこの女を好きになった訳じゃねぇ、最初も言った通り俺はコイツと女の趣味は被ってねェしコイツのお手付きは真っ平ゴメンだ。 ただ、甘ったるく笑い合うアイツは僅かに嗅ぎとれる程度の嫌なニオイを漂わせていた。 多分、あの女が幸せにしてくれるからと言った言葉嘘ではないのだろう。 ただ、アイツの感情はあの女が思うほどお綺麗なモンじゃねェ、もっと腹の奥底でドロドロと渦巻いているような、もっと汚い、何かそんなモンだ。 「だからさァ、靖クゥン、あの子に手ェ出さないでネェ。もしナニかあったら俺何するかわかんねェヨ?」 「・・・ハッ、言ってろ。いらねェよテメェのお手付きなんざ」 「あは、約束だからネェ」 いつもと同じニヤニヤとした笑みを浮かべて俺を牽制してくるコイツはとんだペテン野郎だ、腹に幾つも飼ってやがる。 チッ、マジで胸糞悪りぃ。 「ケッ、精々本性知られて捨てられねェようにするこった」 「俺がそんなヘマすると思ってんのォ?」 「知らねェ間に知られてっかもなァ」 ちらりと横目でコイツの女を見ればいつの間にか母親と伯母と話していた。 あの歳のババア特有の騒がしさに控えめに笑うあの女には他にもっと合う奴がいただろうにあんなヤツがどうしてこんな性悪に、そう思わずにはいられない。 「ところで靖クンさァ、もう帰んなくてイイのォ?」 「ア?なんだヨ、邪魔だから消えろってか」 「じゃなくて、時間、そろそろヤバイんじゃナァイ?」 「じか・・・アァ!?やっべぇ!オイ!俺もう寮帰っかんなァ!!」 「あら、もうそんな時間?気を付けて帰るのよ、ちゃんと勉強も頑張りなさいね」 「ヘイヘイ!」 「靖友くんまたねー」 「うっす!」 バタバタと荷物背負って玄関を出て立て掛けていたビアンキに跨がると聞き慣れない甘い声で名前を呼ばれた。 「ネェ、ヤストモくん!」 「アァ!?」 「ッ、あの、急いでるのにゴメンね、あの・・・」 「分かってンなら早く言ってくんナァイ」 「ゴメンなさい、あの、ヤスくんあんなこと言ってたけどヤストモくんのこと良く話してるの」 「ハ?アイツがァ?」 「ウン、いつも楽しそうに話しててヤストモくんのこと好きみたいなの、だからこれからも仲良くしてあげて?」 「ハッ、仲良く?無理だわ」 「ふふ、素直じゃナイんだね。あとね、私のことも名前で呼んでくれるとうれしいな」 「・・・気が向いたらなァ」 「ウン、じゃあね、気を付けてね」 ゆるゆると笑っても手を振る女に片手をヒラヒラさせてペダルを回す。 冷たい風が頬を掠めていく中あの女の言葉が甦る。 アイツが俺のことを好きだァ? 絶対ェねェわ、気持ち悪りぃ。 ただ俺のことが嫌いだからとからかってくる訳ではないことは薄々知っていた、というかアレは純粋に楽しんでやがるやつだ。余計に質が悪い。 俺だってアイツが嫌いな訳じゃねェ、アイツの本質はきっと俺とは真逆の様で同じなんだろう、だからこそただ苦手なだけだ。 「・・・マァ、次会ったときは、祝ってやらねェでもねェよバァカ」 てばチャンが、喜ぶだろうからなァ。 |