朝は嫌いだ、だってまた一日が始まるから。
遮光カーテの隙間から入ってくる光にななこは眉を顰める。
何年経っても朝の光に慣れることはなくてもっと夜が長ければいいのにとさえ思ってしまう。
というのもただ単にもっと寝ていたいという気持ちの表れからくるものである。

「おい、ななこ早く起きろよ。朝飯できてんぞ」

ぼんやりとした意識の中無遠慮に開かれた扉から聞こえた声と朝食の匂い。
のそりと枕に埋めていた顔を上げると既に私服に着替えた岩泉が立っていた。

「一ちゃん・・・おはよー・・・」
「はいはい、おはよ。早く起きねぇと飯冷めんぞ」
「ご飯は食べたいけど・・・まだ起きたくなーい・・・」
「・・・お前なぁ・・・」

呆れたように溜め息を付きながら部屋に入ってきた岩泉はそのままベッドの端に腰掛けると布団から飛び出る頭に手を軽くぽんと乗せる。
それを嫌がるかのようにななこは寝返りをうつと布団を鼻先まで被り僅かに覗く目を岩泉に向けた。

「ねぇ、一ちゃんご飯こっちで食べたい」
「はぁ?なんでだよ」
「だって寒いんだもん・・・布団から離れたくない」
「あのなぁ・・・食べカスだので汚れるからダメだ」

起き上がる気配を見せずもぞもぞと動くななこの言葉に岩泉は呆れた顔をして溜め息を吐くと彼女を軽く小突く。
「いたいっ」と小さく悲鳴を上げたななこは鼻先まで上げた布団から顔を出すと唇を突きだしジトリとした目で岩泉を見上げた。

「はぁ・・・ったく」
「なぁによー・・・」
「いや、ほんとななこって我が儘だな・・・まぁ、それも引っくるめてお前だし、結構かわいいけどな」

そう言って顔にかかる髪を払って現れた頬を指で撫でる岩泉。
柔らかく頬を撫でる指にななこはぴくりと肩を震わせ微かに赤くなった顔を少しだけ引き上げた布団で再び隠した。

「何隠れてんだよ」
「・・・別にっ。一ちゃんさっきのよく言えるね」
「はぁ?別に大したこと言ってねぇだろ」
「なんかさっきの及川くんみたい。恥ずかしいの」
「おまっ、及川と一緒にすんなよ馬鹿」

心底嫌そうな声色に枕に埋めていた顔を上げて岩泉を見ると最大限の皺を眉間に寄せて顔を顰めている。
なんだかんだ言いながらそんな姿がかっこいいとか思う自分も大概だ。
そう思いながら岩泉を見てると不意に腕を引っ張られる。

「おら、阿保なこと言ってねぇで早く起きろ」
「えーやだー」
「朝飯食えないだろうが!冷めちまってるぞ」
「あっためなおして食べればいいじゃん。せっかく休みなんだから昼まで寝たいー」
「お前いい加減にしろよな・・・」

掴んでいた腕を離した岩泉は髪をくしゃりと握り再び重い溜め息を吐くとまるで頭が痛いと言わんばかりの表情を浮かべる岩泉の服の裾を今度はななこが引っ張った。

「いいじゃーん、一ちゃんだってせっかく部活オフなんだから昼まで寝ようよー」
「寝るかっ!いいから早く起きろって。何度言わせる気だよお前・・・」
「一ちゃんがいいって言うまでかな」

そうは言うもののいい加減岩泉の顔はまだ朝だというのに疲労感でいっぱいになっている。
普段から及川くんに色々と苦労させられてるのを知ってるしなんだか可哀相になってきた・・・と起きることにしたななこはようやくベッドから身体を剥がした。

「一ちゃんごめんね?」
「やっと起きる気になったか?」
「うん、一ちゃんいつも及川くんに苦労させられてるでしょ?なんか可哀相になっちゃって」
「うるせ。ほら、飯にするぞ」
「はーい」

ベッドを降りてパジャマの上に薄手のカーデを羽織ってリビングに向かうとテーブルの上にはトーストに目玉焼きにウインナーが皿に乗せられて鎮座している。
ななこはガタガタと椅子を引いて座ると「いただきまーす」と言って置かれていたトーストに囓りついた。

「ん、やっぱり一ちゃんが作るとおいしいなぁ」
「おいしいって・・・焼いただけだぞ」
「一ちゃんが作ったものはなんでもおいしいの」
「そうかよ」

素っ気なく返し食べることに集中する岩泉をなんとなしに眺める。
普段及川に散々からかわれてはバレーボールをぶつけ本気ではない罵声を浴びせる岩泉の顔は今はとても穏やかに見える。
ぼんやりとそれを見つつななこ自身も食べることに意識を向けた。
朝の光が差す食卓は穏やかな沈黙で満ちている、そんな中ふと岩泉が口を開いた。

「なぁ、」
「なにー」
「今日部活ねぇんだわ」
「うん、そうだね」
「だからさ、どっか行くか」
「えぇ?」
「どうせななこも暇だろ?」
「まぁ、暇だけど・・・急にどうしたの?」
「いや、別にどうもしねぇけど・・・」
「けど?」
「最近ななことどっか行ってねぇなって思ってさ」

そう言うと岩泉は「どうだ?」と言って皿に向けていた目をななこに向ける。
向けられた目に食事する手を止め暫く見つめ返し少し考えてからななこは「いいよ」と言ってそれを断った。

「あ?いいのか?」
「うん、だって一ちゃん疲れてるでしょ?」
「まぁ・・・疲れてないっつったら嘘になるけど」
「でしょ?だったらたまの休みくらいちゃんと休みなよ」
「・・・悪いな、サンキュ」
「いーえ。でも、私には構ってよね」
「おう」

軽く笑って最後の一口を口に含むと皿を持って立ち上がる岩泉、それに続くようにななこは食べ終わると同じように食器を手に立ち上がり流しへ運ぶ。

「ああ、それそこ置いとけ。洗っとくから」
「そう?じゃあ、置いとくねー」
「おお、」

食器をなるべく静かに置くと隣に立つ岩泉の腰に抱き着いた。
皿を洗いながら「なんだよ」と言いながら後ろを振り返り広い背中に頭をグリグリと押し付けるななこを見る。

「一ちゃんあったかいー」
「はぁ?つかお前まだそんな格好してるからだろ」
「だって今日休みじゃん、また寝るもん」
「お前は寝過ぎ」
「いいじゃん、一ちゃんも寝よ?」
「ななこ知ってるか、食ってすぐ寝ると牛になるんだぞ」
「ちょ、うるさいよ」

もう!と言いながら額を押し当てていた背中から顔を上げると爪先立ちになりながら岩泉の服の裾を引っ張る。

「ったく、今度はなんだ・・・っ」
「へっへー!奪っちゃったー!」

振り向いた岩泉の頬に軽くキスをするとバタバタと寝室へ走り逃げる。
ポカンとしてその後ろ姿を見送り台所に一人残された岩泉は静かに呟いた。

「・・・仕方ねぇな、」

たまには付き合ってやるか。
その横顔は柔らかな笑みが浮かんでいた。