無残な死体 極限までに見開かれた目 あの死体は・・・ ハッと目が覚めるとそこは見慣れた自分の部屋の天井だった。 乱れて浅い息と尋常ではない汗に不快感を覚える。 今だに夢に見る、佐々山が殺された夢を。 無残にもバラバラにされて公共ホロの下に置かれていたあいつ。 綺麗過ぎるほどに保たれていたあいつに激しい怒りと動揺が全身を襲ったあの時。 ぼんやりとする思考を振り払ってシャワーを浴びに風呂に入りコックを捻って湯を出すと熱い湯に頭が冴えてくる。 あの時急激に濁り回復の見込みが無いと言われていた俺のサイコパスは奇跡的に回復をした。 きっと、彼女が居なければ今の俺は居なかった。 軽く汗を流してさっさと風呂から出てスラックスを刷き冷蔵庫の中にあったペットボトルを取り出す。 冷えた水を喉に流し込んでいると不意に携帯端末が音を立てた。 「どうした」 「非番のところ悪いな。事件だ」 「・・・わかった。すぐ行く」 「ああ、なるべく早く頼む」 「了解」 脱いだままだったシャツを引っ掴んで羽織ると同じように放置されていたネクタイを掴み首に引っ掛けながら部屋を後にした。 事前に貰っていたデータを元に直に現場へと車を走らせる。 現場に着くと野次馬が真っ先に目に入りその奥に公安局の設営テントが見えた。 邪魔な奴らをかき分け無理矢理通り抜けコミッサちゃんのホロ被った公安局の人間に手帳を提示して設営テントに近づく。 「ギノ」 「ああ、来たか狡噛」 「遅れてすまん。で、状況は」 「いや、構わん。見ての通り立て籠っている。おまけに人質まで捕まえてな」 「・・・人質か、面倒だな。人質っていうのは?」 「十代くらいの女だそうだ」 「それも厄介だな・・・十代なんてサイコパスが濁りやすい時期だろう。下手したら殺しかねん」 「ああ、なるべく早く助けたいんだがな・・・」 一度犯人が立て籠っている建物に視線を向けると何故だか胸騒ぎがした。 いや、まさかな、そんなことがあるわけがない。 彼女は何も悪いことなどしていないのだから。 「宜野座さん!」 思い浮かんだそれを否定しているとギノを呼ぶ高い声が耳に入った。 少し前に入ってきた新人の監視官常守朱だ。 彼女には初日でパラライザーをくらい数日動けなくなった記憶がある。 まあ、あれは俺も悪かったんだがな。 「人質の情報が入ってきました!・・・って、狡噛さん!いつの間に・・・」 「ついさっきな。しかし気付くのが遅いんじゃないか?常守監視官」 「だ、だって仕方ないじゃないですか!」 「狡噛、からかうのもその辺にしとけ。常守監視官人質は」 「あ、はい!」 常守監視官の携帯端末から浮かび上がったデータには見覚えのある愛しい姿があった。 おいおい、嘘だろう・・・勘弁してくれ・・・ 彼女だと知った瞬間焦燥感に駆られる。 早く・・・早く彼女を助けなければ・・・ 「人質はななしななこ。私立桜霜学園の二年生の子だそうです」 「桜霜学園の・・・わかった。中の状況は」 「ナイフを突き付けられてるそうですが、命に別状は無いそうです。他に人質もいません」 「そうか・・・っ、狡噛!何処に行く!」 「え、あ・・・狡噛さん!?」 「中だ。早いとこ助けるのに越したことはないだろう」 「待て狡噛!執行官も直に来る!勝手なことをするな!・・・・・・あの馬鹿が・・・!」 「先生お待た!・・・あれ、コウちゃんは?」 「・・・中だ」 「うっそ!まじで!?」 「コウにしちゃ珍しいなぁ・・・何も考えずに行くなんざ」 「宜野座さん・・・どうしましょう・・・?」 「・・・チッ、仕方ない、俺達も行くぞ。縢、六合塚は俺に、政陸は常守監視官に付け。犯人は人質を取っている、慎重に行け。いいな」 ギノの喚く声を無視して中に入ると薄暗い廊下が続いていた。 物音も悲鳴も一切聞こえない。 慎重に進んでいくと僅かな隙間が開いた部屋のドアから人工的な光が漏れていた。 ぶつぶつと何かを呟く低い声と僅かに小さな泣き声がする。 低い方は恐らく犯人のものであろう声に泣いているななこは無事なのかと不安になる。 ななこに何かあったら容赦なく殺してやる、そう思いながらドアの影に隠れドアノブに手を掛けた。 ドミネーターを構えながら勢いよくドアを開けて犯人に突き付けると酷く驚いたように慌ててななこを掴みその白く細い喉元にナイフを突き付けた。 「や・・・っ!」 小さく悲鳴を上げたななこの顔色は青白く大きな目からは涙を絶えず流しその華奢な身体もガタガタと可哀想なくらいに震えていた 。 「な・・・なんだよ、お前・・・!こいつがどうなってもいいのか!!」 「そりゃあ良くないな。だがな、こっちもあんたのいう通りにしてられないんだ」 「・・・し、しんやさ・・・っ」 「うるせぇえ!!お、俺は何もしてねぇんだ!それなのにたった一回街灯スキャナーに引っ掛かったからってなんで潜在犯扱いされなきゃなんねぇんだよぉ!」 「待ってろ、今助けてやるからな・・・はっ、それは御愁傷様。セラピーを受けるのを拒否しなけりゃこうはならなかったかもな。・・・一度しか言わん、彼女を離せ」 「・・・っ!!こっちに来るな!来るんじゃねぇえええ!!」 錯乱した犯人はデカイ声を出してナイフを持つ手に力を籠めた。 恐らく恐怖から来るものだろう震えにナイフは小刻みに動き突き付けていたななこの首に傷を付ける。 その瞬間躊躇いなくドミネーターのトリガーを引き犯人にぶち当てると途端に内側から膨れ上がり破裂し辺りにはビチャビチャと音を立てて血が飛び散りすぐ近くにいたななこにもドス黒いそれは降りかかった。 辺りに沈黙が降りる。 暫くするとななこの劈くような悲鳴が響き渡った。 「いや・・・いやああああああああああ!!」 「ななこ!俺だ!大丈夫だから落ち着け!」 「ああああ"あ"あ"ああ!いやぁぁああああああ!」 「ななこ・・・っ、頼むから・・・頼むから落ち着いてくれ・・・!」 「離して・・・っ、離してぇえええ!!」 「ななこ・・・っ、ななしななこ!!」 悲鳴を上げながら暴れるななこの頬を叩くとびくりと身体を震わせて呆然と目を見開きながら俺を見上げた。 普段可愛らしく笑うはずのその顔は汚い血に塗れ恐怖に彩られていてこんなやり方しか出来なかった自分を情けなく思う。 「俺だ、狡噛慎也だ。わかるか・・・?」 「・・・しん、や・・・さ・・・」 「大丈夫だ。もう大丈夫だから」 「しんやさ・・・ふ・・ぅ・・・」 「怖い思いをさせたな・・・すまない・・・」 腕の中で泣きじゃくるななこを力を籠めて抱き寄せれば背中に細い腕が回りしがみつくように胸に顔を埋めてきた彼女の背中を擦っていると背後から慌ただしい複数の足音が聞こえた。 どうせギノ達だろう。 「狡噛!」 「ギノ、」 「大丈夫か、犯人は!」 「見ての通りだ。だが・・・」 「・・・サイコハザードか。狡噛、そこを退け」 「っ、止めろギノ。彼女は混乱してるだけだ」 「犯罪係数が上昇していることに変わりはない。ならパラライザーで鎮圧した方が早い」 「ギノっ!」 見下ろす目に冷たい光を宿しドミネーターを向けるギノから腕の中の存在を守るように隠す。 お互いに睨み合っていると恐らくギノ達とは別行動であっただろう常守監視官の声が空を割った。 「狡噛さん!宜野座さん!・・・っ、宜野座さん何してるんですか!?」 眉を顰めて走りよってくる彼女に少しだけ安堵した。 彼女ならきっとギノを説得してくれるだろうから。 俺もギノもお互いの意思を押し通そうとするならお互いに何を言っても無駄だからな。 「ドミネーターを下ろしてください宜野座さん!」は 「常守監視官・・・君はまた同じ過ちを犯すのか」 「それは・・・っ、けど彼女は前の被害者のように取り乱してないじゃないですか!それに徐々に落ち着いてきてます!直ぐにセラピーを受けさせればきっと・・・!」 「・・・・・・はぁ、全く狡噛といい君といい・・・仕方ない、今回だけだ。次はないからな」 常守監視官の言葉に渋々といったようにドミネーターを下げて携帯端末から外に連絡を取るきギノを見てななこに視線を戻すと落ち着きを取り戻していて、しかし呼吸はか細く顔面蒼白のまま俺を見上げていた。 「大丈夫だ、もう怖くないから・・・」 「し、しんやさ・・・」 「ああ、俺だ。悪かったな・・・何もされてないか?」 「は、はい・・・」 「ならよかった・・・」 「しんやさん・・・っ」 再びぽろぽろと涙を溢し始めたななこの頭を撫でているとギノに呼ばれた。 ななこにセラピーを受けさせる準備が整ったと言われ静かに肩を震わす彼女を抱き上げる。 急なことに驚き泣いていた筈の目を大きくさせてしがみついてくるななこに優しく笑いかけてやれば彼女もぎこちないながらに笑顔を見せてくれた。 背後から口笛を鳴らす音が聞こえる。 振り向けば今まで黙っていた縢がニヤニヤとした笑みでこちらを見ていた。 他の連中にも各々の反応を示されたがそんなことはどうでもいい。 今は早くこの場所から出たかった。 「ななこ」 「・・・?なぁに慎也さん」 「セラピー受けて落ち着いたらどこか行くか」 「え・・・?でも、慎也さん忙しいんじゃ・・・」 「大丈夫だ、暫く休みになるだろ。最近立て続けだったしな」 「・・・本当に・・・?」 「ああ、どうだ?」 「じゃあ・・・行きたい、です」 「決まりだ。それまでにちゃんと色相、治しとけ」 「・・・うんっ」 頬を微かに染めて笑い頷いたななこに今度こそ安心した。 もう大丈夫だろう、そう思いながら彼女を抱え直し今度こそ歩きだした。 この笑顔を、俺は守ってやらないといけない。 二度とこんな思いはさせないと誓いながら胸に顔を埋める愛おしい存在の暖かさに何故か少しだけ泣きそうになった。 |