アリババ王子、アリババ王子。 貴方はとても優しい御人です。 貴方のその手は誰かを傷付ける手ではなく誰かを守るための手です。 貴方が本当に守りたい人が出来たとき、その人を必ず守ってあげてください。 アリババ王子なら、きっと・・・いいえ、絶対に出来ますわ。 夢を見た。 あれは俺がまだ幼い頃、王宮で誰もが冷たく暗い眼差しで俺を見つめていたあの頃、ただ一人だけ俺に優しく温かく抱き締めてくれる人の夢だった。 今は何処に居るかは知らない。 あの事件のあと逃げるようにバルバッドを出ていった俺が彼女の行方を知るわけがなかった。 アラジンを探しにバルバッドへ戻ったときも彼女のことは少しも耳に入って来なかったしアブマドに会おうと王宮へ乗り込んだときも兵や侍女達の中に彼女を見付けることは出来なかった。 「・・・name・・・」 窓から部屋を照らし出す朝陽が眩しい。 そろそろ起きなくては師匠がきっと部屋に乗り込んでくる。 アラジン達も待っているかもしれない。 なるべく彼女のことは考えないようにしよう。 きっとこの先も会えないのだろうから。 布団を出て身支度を整えて部屋を出ると後ろからアラジンの声が辺りに響いた。 「アリババくんおはよう!」 「ああ、おはよアラジン。モルジアナもおはよう」 「おはようございますアリババさん」 「アリババくんはこれからご飯かい?」 「ああ・・・アラジン達も今からか?」 「うん!アリババくんも一緒に食べよう!ねっ、モルさん!」 「はい・・・アリババさん?」 「・・・・・・え、あ・・・、なんだ?」 「いえ、元気がなさそうでしたので・・・何かあったんですか?」 「ああ・・・いや、なんでもないんだ。ちょっと悪い夢見ちまってさ・・・」 「そうですか・・・」 いつもの無表情の中に心配そうな色を浮かべるモルジアナに大丈夫だと笑って見せれば僅かに笑ってくれた。 三人で話ながら食堂に着くとシンドリアに来た頃あまりの美味さに俺とアラジンを太らせた料理が変わらず美味そうに並べられている。 「三人ともおはよう。よく眠れたかな?」 「おはようシンドバッドおじさん!とってもよく眠れたよ!」 「そうか、それは良かった。アリババ君は少し浮かない顔をしているが何かあったのか?」 「え・・・あ・・・、いえ!なんでもないですよ!それより今日の飯も美味そうですね!」 話を反らそうと目の前にある飯に手を伸ばす。 そのまま口に放り込めばよく染み込んだ味が舌を唸らせる。 必死に口を動かしていればそれに続いてアラジンやモルジアナも飯を食べ始めた。 なるべくななこのことは考えないようにと思っていても夢に見たせいかどうしても考えてしまう。 思わず溜め息をつき無意識に彼女の名前を呟いてしまう、それをシンドバッドさんが見ているとも知らずに。 「さて、朝食を食べ終わって直ぐで悪いが今日は君たちに調べてもらいたいことがある」 「調べてもらいたいこと?」 「ああ、実は最近このシンドリア近辺の海域に奴隷船が屯しているようでね」 「奴隷・・・船・・・」 「そうだ。どうもシンドリアで奴隷を売ろうとしているらしい、この俺がいると言うのに全く馬鹿げた話だがな」 「・・・・・・」 「そこで君たちにその奴隷船がどういった経路でここまで来たのか調べてもらいたい」 「はい」 「場合によってはすこーし締め上げるだけであとは見逃してやろうと思う」 「え・・・良いんですか・・・?」 「ああ、何、少し脅かすだけさ。この国に害が無ければそれで良いんだ」 「分かりました」 「・・・あの、ひとつ良いですか?」 「なんだい?モルジアナ」 「その・・・囚われていた奴隷の人たちはどうするんですか・・・?」 「そうだな・・・モルジアナはどうしてほしい?」 「え・・・あ・・・あの・・・、出来れば、助けてほしい・・・です・・・今解放されてもまた、他の奴隷商人に売られていくなんて・・・そんなの・・・」 「・・・よし分かった、モルジアナの思う通りにしよう。助けた彼らは俺が責任持ってこの国に迎える!」 「・・・!?」 自信が満ち溢れた表情で言い切るシンドバッドさんにそれまで何も言わずに側に控えていたジャーファルさんが勢いよくシンドバッドさんを見た。 その顔色は見るに耐えず思わず不憫に思うほどに青褪めている。 「ちょ、ちょっと待ってください、シン!これ以上国民を増やしたら財政が悪化しますよ!?」 「?何を言ってるんだジャーファル、そこはお前がなんとかするだろう?」 「・・・!!あぁああぁぁああああ・・・また、仕事が増える・・・・・・!」 頭を抱えるジャーファルさんと快活に笑うシンドバッドさんにモルジアナがオロオロとしながら声をかけるとシンドバッドさんは「大丈夫さ、気にするな」と言って真剣な表情へと戻した。 「さて、まぁ、そういう訳だ。行ってくれるね?」 「うん!任せておくれよシンドバッドおじさん!」 「はい・・・!必ず助けてみせます!」 「アリババくんも大丈夫かな?」 「・・・はい!」 力強く頷いて見せればシンドバッドさんは満足そうな笑みを浮かべて「では、頼んだぞ」と一言を聞いて俺達は部屋を後にした。 照り付ける太陽にニタニタと嫌な笑みを浮かべている奴隷商人たちを見てどうしてこうなったのかと思う。 というかそれもこれもアラジンのせいだ。 あいつ船に乗ってた食料を貪り食いやがって・・・!朝飯食ってただろうが! 少しばかり離れた場所で応戦するアラジンを睨むも今はそんなことをしている場合ではない。 「クソッ、こんなんじゃキリがねぇよ!」 一体何人がこの船に乗っているというのか分からないくらいにゾロゾロと涌き出てくる。 恐らくは大半が奴隷なのだろう、動きにくそうに足枷に足を取られながらも必死になって向かってくる。 切ろうにも相手は人間だ、切りたくない。 避けるようにしてその場を飛び退くと不意に一人の女が視界に映った。 見覚えのある鮮やかであった筈の髪の色、砂埃に汚れた白い肌、絡み合う視線。 まさか・・・っそんな、ことが・・・! 「アリババ・・・王子・・・?」 「っ、ななこ・・・!?」 「何故・・・どうしてアリババ王子がここに・・・」 「そ、それは・・・それよりなんでななこがこんなところにいるんだよ!?それになんで・・・その足・・・!」 「・・・っ!」 薄汚れた長いスカートに隠されたななこの足にはジャラリと重い音を立てる鎖と足枷が嵌められていた。 はっとしたように目を見開きスカートを押さえるななこの目には怯えの色が写し出されている。 あんなにも優しかったななこがどうして、こんなことをされるような人では無いのに。 「・・・なぁ・・・ななこ・・・」 「わ、私は・・・っ、もうアリババ王子に名前を呼んでいただける様な存在ではありません・・・!どうか、私のことは放っておいてください・・・っ」 「そんな・・・おかしいだろ!?こんなこと・・・ななこが奴隷でいて良いわけない・!!」 「それでも・・・それでも私は・・・!」 「来いよ・・・」 「え・・・?」 「俺と一緒に来いよ!ななこ!」 「な・・・っ!」 驚愕としたななこに手を差し出すとその手を茫然とした目が見つめた。 そうだ、俺の手は誰かを守るためにあるんだ。 バルバッドもアラジンもモルジアナも、ななこも・・・! 「ア・・・アリババ王子・・・何を・・・何を仰っているのですか!?私はもう奴隷の身・・・もう自由ではないのです!誰かの手を取るなどもう・・・!」 「俺の手は!・・・俺の手は誰かを守るためにあるって言ったのはお前じゃないか!ななこ!だからこそ俺は今!ななこを助けたい!守りたいんだ・・・!だから・・・なぁ・・・、俺の手を取ってくれよ・・・!頼む・・・もう誰かを守れないなんて嫌なんだ!失いたくない・・・!」 「!・・・アリババ王子・・・」 「俺の手を取れ!ななこ!!」 ガクガクと震えるななこに叫ぶ様に告げる。 すると王宮にいた頃よりも格段と細く汚れボロボロになってしまった手をゆるゆると持ち上げ俺の手に触れた。 「・・・ななこっ」 「ア・・・アリババ王子・・・私は・・・私は・・・っ」 「大丈夫だ・・・俺と・・・俺たちと一緒に行こう・・・!ななこ!」 「・・・ひっ・・・うぅ・・・!アリ・・・ババ王子・・・っ」 触れた手を握り締めその腕を引くとふわりと軽い身体が持ち上がる。 ななこの小さな身体を抱き締めてやれば今まで我慢していたのか、ぐずぐずと涙を流し始めた。 「ふ、ぅ・・・っ、アリババ王子・・・」 「ああ・・・」 「アリババさん、こちらはもう終わりました」 「あ・・・モルジアナ・・・」 「僕の方も終わったよ!アリババくん!」 「アラジンも・・・」 「あとはそのお姉さんと一緒にシンドリアに帰るだけだね!」 「・・・ああ、そうだな!」 「早く帰りましょう、きっと皆さんが待ってます」 笑顔の二人の後ろにはボコボコにされ(主にモルジアナだと思う)縄で締め上げられた奴隷商人たちと足枷を外され喜びに満ちたような何処と無く不安そうな元奴隷の人達が佇んでいた。 拘束した奴隷商人達をシンドリアの兵に引き渡してななこの肩を支えながら歩きだす。 もしかしたらシンドバッドさんは知っていたのかもしれない。 親父が生きていた頃からバルバッドと交流があったんだ、彼女のことを知っていても不思議ではない。 やっと・・・やっと見付けたんだ、これからは俺が守っていく。 心に決めてななこを見ると彼女の青い瞳が俺に向けられていた。 「アリババ王子・・・大きく、なられましたね・・・」 「当たり前だろ?もうあの頃の俺とは違うんだぜ?ななこだって守ってみせるさ!」 「ふふふ・・・アリババ王子」 「なんだ?」 「アリババ王子、ありがとうございます」 「!・・・ああ!」 俺を見上げて目を細めるななこ。 クスクスと喉を鳴らすように笑うななこの笑顔は王宮にいた頃と同じ笑顔だった。 |