貴方がこの町から居なくなってから随分と経ちました。
今、何処にいますか。
私のこと忘れていないですか。
この町に帰ってきてほしいと思うことは我が儘ですか。


「ななこ悪い、でも、俺行きたいんだ」

そう言って貴方は私の知らないうちにこの町を出て行ってしまった。
アリババ君が口止めをしたのか彼によって解放された元奴隷の人達に聞いても何処に行ったかすら教えてくれない。
ただ、皆「貴方が大切なのよ」と口を揃えてそう言ってくる。

「・・・・・・アリババ君・・・何処に行ったのぉ・・・?」

隣にない温もりを思い出しては泣きそうになる。
あの日青い髪の不思議な男の子を連れて迷宮に行ったアリババ君は沢山の財宝を持って帰ってきた。

「ななこ、ただいま!見てくれよこれ!全部迷宮で取ってきたんだぜ!これでモルジアナ達を奴隷から解放出来るし上手い飯食い放題だぜ!」

きらきらと輝いた笑顔でそう言ったアリババ君は今まで私が見てきたどの笑顔よりも輝いていて眩しく見えた。
ああ、私じゃアリババ君をこんな風に満足させてあげられない。

「・・・お帰り、アリババ君」

発した言葉はそれだけだった。
それからもアリババ君は「アラジンがさー」とか「あれはまじでやばかった!」
と楽しそうに笑って話していてそれに頷く度に心がズンと重くなる。

「なぁ、ななこ!アラジンが帰ってきたらさ、三人でたらふくうまいもん食おうぜ!迷宮のこととか話したいことまだまだ沢山あるんだ!」

両手を広げて話すアリババ君の楽しそうに輝く瞳の中に私を探すことが出来なかった。
それから数日ソワソワと浮かれた様に笑って男の子の帰り待っていたアリババ君は次第に沈んでいった。
一日中外を眺めては溜め息をついて項垂れる彼に何を言っても無駄でしかなくてつい言ってしまった言葉は慰めの言葉じゃなくて。

「アリババ君、きっと先に何処か違う町に行っちゃたんだよ・・・ね?大丈夫だよ」
「・・・違う・・・アラジンはそんなやつじゃない。あいつは絶対に帰ってくるさ・・・」
「・・・そんなのっ、わからないじゃない!きっと、どこかに行っちゃったのよ!アリババ君の言ったことだって嘘かも知れないじゃない!第一あの子が何者かも・・・っ」

突然走った手首の痛みに声を詰まらせて顔を歪める。
見上げたアリババ君は眉間に皴を寄せて酷く怒ったかの様な顔をして私を見つめていた。

「・・・幾らななこでもそれ以上言うと本気で怒るぞ・・・それに、アラジンは約束を破るようなやつじゃねぇ。あいつが何者かなんてどうでもいいさ・・・ただ約束したんだ・・・アラジンは絶対に戻ってくる」

掴んでいた手首を離して背中を向けるアリババ君に何か言い知れぬ不安が込み上げた。
何処か遠くに行ってしまいそうな、もう二度と会えないようなそんな不安。
そんな不安を振り払う様に彼の背中に声をかける。

「アリババ君・・・っ」
「・・・・・・悪いななこ、でも、俺行きたいんだ。アラジンと一緒に、この世界を見てみたいんだ」

力強い声でそう言って振り返ることなくそのまま何処かへと行ってしまう彼を止めようと伸ばした手は力無く落ちていった。





「あのさぁ、おじさん・・・恥ずかしくねーの?ついこないだまでクズとかドブネズミだった俺なんかのご機嫌とってさ・・・」

ふくよかな商人にそう言ったアリババ君の呆れた目は困惑していて何処か寂しそうに見えた。
頻りに窓の外を気にして町を眺めて今まで座ったことの無いようなソファに座っても隣を気にして私のことなんて丸で見えていない様だった。

「アリババ様、お客様ですが。アリババ様に会いたいという・・・子供が・・・」

男性から聞かされた言葉に俯いていた顔を上げて確認するまでも無く明るい笑顔になった彼は目尻に溜まる涙を散らせるように勢いよく立ち上がるとそのまま玄関へと走って行った。
そんな彼の後を追いかけようとしても私が着いて行ける筈もない。
静かに歩いて行けば階段の下から「おかえりアラジン!」と大きな明るい声が聞こえてその先を見ると赤髪の少女が立っていた。
それを見るとアリババ君は明るい笑顔を消して落胆した様に肩を落として少女に声をかけたのを見て私は部屋へと引き返した。





どれくらい時間が経ったのだろうか。
解らないけど周りは暗く、月も出ているから少なくとも昼な訳がない。
アリババ君はどうしているのかな。
まだ、落ち込んでるのかな。
もう、寝ちゃった?
アリババ君の部屋に行くために部屋の外に出ると月明かりに照らされる廊下は静まり返っていてカツカツと響く足音だけしか聞こえない。
何かが起こりそうで不安で堪らなくて早足にアリババ君の部屋を目指す。

「・・・はぁ・・・」

遠く感じた距離に溜め息をついて目の前の扉をノックするも中からは声一つ聞こえない。
いつもなら必ず名前を呼んで「どうしたんだよ」って言って開けてくれる筈なのに。

「アリババ君・・・?」

悪いとは思うものの部屋の扉を開けて中の様子を探る。
綺麗に整頓された部屋に誰の気配も感じなくて広い部屋の中を探し歩いてもアリババ君は見つからなかった。

「アリババ君・・・っ」

建物の隅から隅まで探してもアリババ君は何処にもいない。
まだ、陽も出ない町をアリババ君を探して走ったけどこの町の何処にも彼はいなかった。

「なんで・・・どうして・・・!何処に行ったのアリババ君・・・っ」

フラフラとした足取りで帰るとそこはもう人が溢れて賑わっていた。
土に塗れて汚れた足、止まらない涙を拭って赤くなった目元に引き攣る頬をそのままに中に入ると慌てたように私の周りに人が集まってきた。

「ななこ様!?どうなされたのですか!」
「何かおありですか?ああ、こんなに汚れて・・・」
「直ぐに着替えましょう。お風呂にも入らないと・・・さぁ、ななこ様」

促されるように肩に添えられた手を払うように振り返って目の前の女に縋り付いた。

「ななこ様!?」
「・・・っねぇ!アリババ君は!?アリババ君は何処に行ったの・・・っ!?」
「!」
「・・・いないの・・・っ、この町の何処を探してもアリババ君がいないのっ!!」
「それは・・・」
「何処か・・・知らない所に行っちゃったの・・・!私を置いて、一人で!」
「ななこ様・・・」
「ねぇ、教えて!皆なら何か知ってるんでしょ!?お願い・・・お願いだから・・・!」
「・・・申し訳ありませんが、それは出来ません・・・」
「!・・・っなんで!?」
「・・・アリババ様からななこ様には教えないでほしいと、」

眉間に皴を寄せて言いにくいそうにそう告げてくる女に目を見開く。
アリババ君が、そう言った?
訳が、解らない。


それからの記憶は良く覚えていない。
呆然と立ち尽くしていた気もするし何かを喚いていた様な気もする。
ただ、気付けば肩を支えられ風呂に入れられて着替えさせられてされるが侭になっていた気がする。
ぼんやりとした意識が浮上した時、唐突に「アリババ君は私の傍からいなくなってしまった」と理解した。
気付くと高い天井を見ていた目から涙が溢れて止まらなかった。

「・・・っひ、アリババ君・・・っ、アリババ・・・くっ、ふぅ・・・!」

流れ落ちてくる涙を幾ら拭っても止まらなくて、自然と上がる呼吸が苦しくて肺が、胸が痛い。
どうして、どうして、どうして。

「なんで・・・っ?アリババ君、何処に行ったのぉ・・・っ!」



あの日、アリババ君があの青い髪の少年に出会わなかったら彼はまだ私の隣に居てくれたのだろうか。
・・・それはきっと、違う。
きっと、アリババ君はあの青い髪の少年に出会わなくても何時かは私の隣から居なくなってしまっていたのだろう。
私を置いて、遠い何処かへ。


(彼が帰って来る日などきっと来ない。)
(それでも千の夜に願う私は、きっと愚かだ。)