「・・・さぶろー・・・」
「ああ、はいはいなんだななこ」
「あつい・・・」
「仕方ないだろ、我慢しなさい。ったく薄着で出掛けるからそうなるんだバカ」
「だって〜・・・」

唸りながら私を呼ぶななこを流しながら乱雑に暑くなっている額に冷えピタを貼り付ける。
ぺしっという音と一緒に「いたいっ」と聞こえた彼女の声は酷く掠れていた。

「熱は?」
「まだ音なってない・・・」
「そうか。・・・まったくあれ程言ったのに聞かないからこういうことになるんだよ」
「だって昼間は暖かかったんだもん・・・」
「だからと言ってあんな薄着で行かないの。夕方には寒くなるって言っただろう?」
「そうだけど・・・」

そう言って顔を歪めるななこを余所に体温計はピピピと音を立てた。
無言で差し出されたそれに表示されている38.7℃の文字。

「あーあー・・・まぁ、とにかく今日は大人しくしておけ、な?」
「はぁい・・・」
「よし。じゃあ私はご飯作ってくるから暫く寝てろ」

ななこにそう告げて彼女の小さな頭を一撫でして立ち上がると服の裾がくっと引っ張られた。
振り返ると泣きそうな赤い顔で私の服を握るななこの姿があった。

「さぶろ・・・・・・」
「なんだ、どうした?」
「行っちゃやだ・・・」
「なんだ、甘えたか?けどなんか食わないと薬飲めないだろ?」
「そうだけど・・・」
「少しだけだから寝てろ。すぐ戻ってくるさ」
「・・・ん・・・」
「いい子だ」

頷く彼女の手を布団に入れて今度こそ寝室を出る。
そして珍しいと思う。
普段弱いところを見せないななこのあんな姿が。

「いつもああだったらかわいいんだけどな」



三郎が部屋を出て行った。
パタン、と扉が音を立てて閉まった瞬間寝室には静寂が満ちた。
ああ、なんでこんなに静かに聞こえるんだろう。
静か過ぎる程に静かに感じる。
病気というのは酷く厄介だ。
だって身体はしんどいし頭や喉は痛いし何より寂しい。
普段はそんなんじゃなくても病気で弱ってるときはすごく寂しい。
悲しくもないのにただ身体が辛いだけで涙が出てくる。

「ふ・・・っ、うぇ・・・ゔぅ゙ー・・・」

ふと、三郎がこのまま戻って来なかったらどうしようなんて考えが浮かぶ。
どうしよう、このまま何も言わずに帰ってしまったら。
どうしよう、知らない女の人のところへ行ってしまったら。

「ふ、く・・・っ、さ・・・ぶろー・・・さぶ・・・っ、こほっ・・・」

ぼたぼたと流れてくる涙は止まる気配を見せない。
悲しいわけじゃない。
そう、悲しいわけじゃなくてただ風邪で熱を出して弱気になってるだけなんだ。
なのになんでこんなに泣けてくるんだろう。
なんでもいいから止めてほしい。
三郎よ、早く来い。

「ななこ、飯出来たぞ・・・って何泣いてるんだよ」
「ゔぇ゙・・・さぶろー・・・!」
「ああ、何やってるんだ。枕びちゃびちゃじゃないか」
「だってぇ・・・っ」
「仕方ないな、タオル持ってくるから待ってろ」
「やだー・・・」
「すぐ戻るから」

そう言って頭をぽふぽふしてから三郎は部屋を出て行った。
だけど、さっきと違うのは三郎が本当にすぐ戻ってきたこと。
二枚あるうちの一枚を私の頭の下に敷いてもう一枚は涙でぐちゃぐちゃな私の顔を拭くために濡らしてきたものみたいだった。
熱すぎない温度のお湯で濡らされたタオルで顔を拭かれると涙で気持ち悪かった顔がさっぱりとする。

「ぅぶ・・・」
「これでよし。で、ななこは何泣いてたんだ?」
「や・・・別に・・・」
「なんともないのに泣いたのか。さてはななこ寂しかったんだろう」

ニヤニヤとした笑みを浮かべる三郎に少しだけ腹が立つ。
なんなんだこの悪趣味な変態は。
睨むように三郎を見ても三郎はそんな顔しても怖くないぞと言わんばかりにニヤついている。
撤回しよう、少しじゃなくものすごくムカつく。

「・・・風邪が治ったらあんた覚えてなさいよ・・・」
「ん?ななこちゃんは何してくれるんだ?」
「このっ・・・雷蔵に言い付けてやるんだから・・・!」
「残念、雷蔵は私の味方だ。もちろん他の三人もな」
「ああ言えばこう言うんだから・・・!ユキちゃん達に言い付けてやるっ・・・」
「ちょ・・・っ、悪かった悪かった。だからそれは止めてくれ、碌なことがない・・・」
「どうしよっかなー」
「ななこ、これで許してくれ」

その言葉と同時に唇に熱を感じて顔が熱くなる。
赤くになってるだろう私を余所に三郎は満足気な表情で私の頭を撫でて更にこう言ってきた。

「ななこ、好きだよ」
「は・・・」
「愛してる。ななこがいれば私は他に何も要らないよ」
「何・・・」
「ずっと一緒にいようか」

普段聞かないような甘すぎる言葉にもう一度優しい甘いキスをされる。
なんなの、これは・・・三郎はおかしくなったのかな・・・

「・・・これで満足か?」
「へ、ぇ・・・?」
「これで許してくれよな」
「は、三郎・・・あんた・・・」
「なんだい?」
「あんた・・・良くあんなこと言えるわね・・・」
「そうか?ま、でもあながち嘘でもないよ」

三郎は少しだけきついその目を細めて柔らかく笑うと三度目の長いキスをしてきた。
三郎の唇が遠ざかる私の顔は熱が出ているよりも真っ赤になっているだろう。

「・・・・・・風邪、移ってもしらないんだからバァカ」

小さなか細い声で三郎に言って思い切り布団を被る。
クスクスと笑う三郎の声は憎たらしいくらいに楽しそうだ。

「はは、本当かわいいな」
「うるさい・・・」
「ななこはいつでもかわいいよ。その生意気なところもね」
「・・・・・・私だって三郎のそういうとこ嫌いじゃないよ」
「お、・・・ななこのデレも見れたとこでちょっくらしようか」
「!? 何言ってんの!?ちょっと!止めてよ!」
「私のことが好きなんだろう?」
「・・・・・・っ、本当に移ってもしらないんだから・・・っ!」

布団の上から覆いかぶさられて熱に眩む意識の中でそう言えば三郎は

「上等」

と言って噛み付くようにキスをした。


(・・・なんであんたに移らないで私が悪化するのよ・・・っ)
(さぁ?日頃の行いだろう?)
(ほんっとムカつく・・・!ユキちゃんに言い付けてやる・・・)
(ちょっ、だから止めろって!)
(それが嫌なら一ヶ月禁欲よ・・・!)
(!?)