私はずっと幸せだと思ったことがなかった。
幼い頃から両親に虐げられてきたから。
二歳のときは押し入れに押し込まれて暗闇の中何時間も泣き喚いて許しを求めた。
三歳のときは食べ物を零したと椅子から蹴落とされて殴られた。
四歳のときは何日も食事を与えられずに餓死しそうになった。
五歳のとき、ついに私は棄てられた。
見知らぬ人に引き渡され煙たい目で見られそしてやっぱり虐げられた。
ご飯は与えてくれたし部屋も与えてくれた。
だけどやっぱり見知らぬその人たちの目は変わらないし終いにはストレスをぶちまけるように私を殴って蹴っての繰り返しだった。
学校へは義務だからと行かせてもらえた。
だけど使えることのない家の鍵は細い鎖に通してまるでペンダントトップのようなお飾り。
学校の課題で出た『家族との思い出』
優しいお母さんとお父さんを描いてみた。
だけど、そんなものわからなくて直ぐに黒で塗り潰した。
そんなことが何年も続き中学校に上がった私の肌が白で埋められたころ私は雷蔵に出会った。
学校中に陰口を叩かれて後ろ指を指されていた私に優しい笑顔で笑いかけてくれた彼は私には眩しすぎる存在だった。

「#name2#さん」
「・・・・・・なに・・・?」
「#name2#さんこの本よく見てるよね。好きなの?」
「・・・別に」

柔らかな音で聞いてきた雷蔵にそんな風に答えた私は顔をあげることが出来なかった。
だってどうせ雷蔵だって私をからかってるだけだと思っていたから。

「そうなの?うーん・・・でもよく見てたから好きだと思ったんだけど・・・違ったんだ・・・でも、よく見てるからって好きだとも限らないもんねぇ・・・いや、だけど・・・」

唸りながら口元に手を当てて悩みだした雷蔵に呆気に取られた。
だって私の放った一言にこんなに悩むなんて思わなかったんだもの。
笑っちゃうよね。
だけど、今思えば雷蔵らしい。
暫く悩んでいた彼は表情を明るくさせて私に言った。

「じゃあさ、#name2#さんが好きなものを教えてくれないかな?」
「え・・・?」
「ダメかな・・・?せっかく同じクラスなんだよ、仲良くしたいじゃないか!」
「!」

こんな私と仲良くしてくれたいって言ってくれた雷蔵はそれまでの私には救いのように思えた。それから私は何をするにも雷蔵に引っ付くようになった。
高校だって雷蔵と同じところを受けた。
彼の親戚の子に嫌そうな顔をされても私は気にしなかった。
だって雷蔵の温かさを離したくなかったから。
だけどやっぱりその事を気に入らない人がいるわけで私に対する風当たりは益々強くなった。
特に女の子からのそれは凄まじくて肌を埋めていた白は更に増えていった。

「・・・ひっ・・、ゔぅ゙・・・」
「・・・ななこ・・・?」
「!・・・らい・・・ぞう、」
「泣いて、るの・・・?誰が・・・!」
「ち・・・ちが・・・!違うの・・・!」
「何が違うんだよ!」
「ちが・・・ひ、うっ・・・も、ほっといてよ・・・」
「ななこ・・・」
「は・・・っ、ふ、ぅ・・・」
「ななこ・・・ねぇ、聞いて?」
「・・・?」
「僕には君がどうして泣いてるのかわからないよ・・・だから、僕にななこの本当の気持ち教えて・・・?」

そう言った雷蔵の顔は切なげに歪んでいた。
その表情に私ははっとした。
だって私、誰にも言ってなかったんだ、本当の気持ち。

「雷蔵・・・私・・・」
「うん、」
「私、本当はね・・・」
「うん」
「お父さんとお母さんに笑ってほしかったの・・・っ、いい子だねって言ってほしかった・・・っ!」
「うん」
「いらないガラクタみたいに見ないで・・・っ、犬より私を呼んでほしかった・・・!」
「うん」
「友達だって作りたかった!女の子の友達が、ほしかった!腫れ物扱うみたいにしないで・・・!」
「うん」
「雷蔵と・・・もっと雷蔵と一緒にいたいよぉ・・・!」
「うん・・・ねぇ、ななこ。僕は一緒にいるよ。どこにいたって駆け付ける。ななこは寂しがりで我儘だからななこが泣いてるなら、僕も一緒に泣くよ」
「雷蔵・・・う・・ぇ・・・ふ・・・ああああああ!」

夕暮れの茜色が指す教室で泣き叫ぶ私を雷蔵は「よしよし」と言って私を抱きしめてくれた。
初めて、人の本当の温かさを知った気がした。
高校2年生の時だった。
それからはいろんな事があった。
雷蔵の家に行って彼の両親にあった。
見知らぬ両親達の元を離れて一人暮らしを始めた。
意外にもあっさりと一人暮らしを彼等は許してくれた。
家を出るとき唯一言「ごめんなさい」と聞こえた。
女の子の友達が出来た。
雷蔵の後輩の子。
三人ともかわいい子たちだった。
雷蔵の親戚の子と雷蔵のことで意気投合した。
それから・・・雷蔵と結婚の約束をした。

「ななこ、あのさ」
「うん?どうしたの雷蔵」
「ちょっと話があるんだけど・・・」
「ん、何?」
「あのさ、おはようもいってきますもただいまもおやすみも休日のデートだってお安い御用だから、これからは、これからも僕がいるから、だから・・・僕と、結婚してください」
「雷・・・蔵・・・」
「ダメ・・・かな・・・?」
「私でいいの・・・?」
「僕は、ななこがいいな」
「・・・こんな私だけど、よろしくお願いします・・・っ」

目の前が滲んでいく。
嬉しそうに、安心したように笑う雷蔵は後ろ手に隠していたらしい紺色の小さな箱を開けて中身の細い指輪を私の指に通した。
通した指はもちろん左薬指だった。



ねぇ、雷蔵私本当は正直生きることに疲れていたの。
何度も止めようって思った。
だけど、それでも私が生きていたのは隣に雷蔵がいたからなんだよ。

「ななこ、準備いい?」
「うん・・・ねぇ、雷蔵」
「うん?」
「私、幸せになれるよね?」
「当たり前だよ」

優柔不断な彼にしては珍しく自信満々に言った言葉に思わず笑う。
そうだ、幸せになるんだ。
雷蔵とお腹にいるこの子と一緒に。
あんな思いはさせたくないから。
だから、誰よりも幸せになるんだ。

「雷蔵」
「ん?」
「大好きだよ。雷蔵は?」
「んー・・・、僕は好きじゃなくて、」

思い出をコンプリート出来ない私は幸せじゃない?
本当にそうなのかな?
少なくとも私はそんなものなくても幸せだと思う。
だって私には、

「ななこのこと愛してるよ」

貴方がいるから。


(ななこ、いってくるね)
(うん、雷蔵いってらっしゃい!ほら、パパお仕事行くよー)
(あー、)
(はは、いってきます。・・・ななこ)
(ん?)
(今、幸せ?)
(・・・うん、すっごい幸せ!)