ああ、しまった、ジャージを忘れてきてしまった。
今日は寒いからな・・・誰かに借りるか。
しかし誰がいる。
勘ちゃんはダメだ、見返りを求めて何かしらを奢らされる。
今月は金がないからな、遣わないに越したことはない。
兵助・・・はあいつも案外寒がりだからな、ダメだ。
雷蔵から借りるなんて以っての外だ!
雷蔵が風邪でも引いたらどうする!
ハチ・・・あいつのジャージは獣臭いから嫌だ。
しかし困ったな・・・他に誰が・・・

「三郎君?」

考えに考えていると耳に柔らかく残る甘くかわいらしい声。
振り向くとそこにはかわいい彼女のななこがいた。

「ああ、ななこ」
「どうしたの?」
「いや、ジャージを忘れてな。今日は寒いから誰かに借りようかと思ってさ」
「そっかぁ・・・それは困ったねぇ・・・」
「まぁ、居なさそうだからなぁ・・・今日は仕方ないさ」
「ええ、でも三郎君風邪引いちゃう・・・そうだ!私のジャージ貸してあげる!」
「え・・・」

思い付いたと言わんばかりの笑顔を私に向けてくるななこに口の端がひくりとなるのがわかった。
彼女は、ななこは確かにかわいい。
それはもうかわいい。
だがそれとこれとはまた別だ。
身長が低い彼女はその身には少しばかり大きいジャージを着ている。
しかしそんな彼女のジャージが私にも入るとは限らないのだ。
確かに私は細身で服のサイズは男にしてみれば小さいがな!

「三郎君、どうかなぁ・・・?」
「いや・・・それは流石に・・・」
「そう・・・?でも三郎君細いから入ると思ったんだけど・・・なんかごめんね?」
「はは、いや、気持ちだけもらっておくよ」

上目遣いで私を見るななこの頭を撫でてやると気持ち良さそうに目を閉じて笑う顔に思わず笑みが零れる。
うん、今日も今日とてかわいいな。

「じゃあ、俺もそろそろ行かなきゃないから」
「あ、うん。お役に立てなくて本当にごめんね?」
「大丈夫だよ。じゃあな」

仕方なくTシャツの上にカーディガンを羽織りななこに手を振りその場を後にした。



それから数日。
あの後結局私はカーディガンを羽織ったまま授業を受けた。
もちろん担当教師の厚木先生には怒られたが背に腹は返られん。
寒いのは嫌だ。
昼飯を食べて雷蔵たちとうだうだとしながら眠気と戦っていると教室の入り口に見慣れた姿が見えた。
ななこだ。
彼女は少しそわそわしながら近くにいた奴に声をかけ私を見付けるとぱたぱたと駆け寄ってきた。

「さ、三郎君!」
「お、ななこ。どうした?」
「あのね、ちょっとお願いがあって・・・」
「うん、なんだ?」
「ちょっとジャージを貸してほしくて・・・」
「なんだ、忘れたのか?」
「う、うん・・・次体育なんだけど忘れちゃって」
「はは、わかった。ちょっと待ってろ」

席を立って廊下に設置されているロッカーにジャージを取りに行く。
奥の方に乱雑に突っ込まれているジャージを取り出して戻ると私の席に座って雷蔵話すななこの姿が。
ああ・・・なんて癒される光景なんだ・・・
他?兵助は豆腐に夢中、ハチと勘ちゃんは睡魔に負けたのか机に突っ伏して寝ているさ。

「あはは。あ、ななこちゃん三郎戻ってきたよ」
「え、あ!」
「ほら、これ。もう行かないと着替える時間なくなるぞ」
「うん、ありがとう三郎くん!じゃあまたあとでね!」

私のジャージを腕に抱えて教室を出ていくななこの後ろ姿に手を振る。

「ななこちゃんかわいいね三郎」
「私の彼女なんだ、当たり前だろう?」
「ふふ、そっか。そうだね」
「ああ。ま、もちろん雷蔵だって大切さ」
「えー、僕はそうでもないかなー」
「!ら・・・雷蔵さん・・・?」

柔らかな笑顔で手厳しいことを言い放つ雷蔵に顔が引き攣る。
ああ、わかっていたさ、雷蔵はこういうやつだと。
悩み癖があって大雑把で茶目っ気があるのが雷蔵だ。
そうしているうちに昼休みは終わっていたらしく兵助と勘ちゃんは自分の教室に帰っていていつの間にか先生が来ていた。
ハチは相変わらずぐーすか寝ている。
ありゃ、怒られるな。
始まった5限目の授業を聞くのもそこそこに窓の外を見るとななこが友達と話ながら校庭を走っていた。
ズボンがずり下がるのか時折袖の裾から少しだけ出た指で上げる仕種をする。ああ、かわいい。

「おい、鉢屋ー、彼女見るのもいいが授業もちゃんと聞けよー」
「すいませーん、あんまりにもかわいかったもんで」
「おいおい、惚気んなよ」
「すいませーん」

先生とのやりとりにクラスから笑いが起こる。
冷やかしたって無駄だぞ、お前ら。
それ以降は授業も聞きつつちらちらと外を見て5限目が終わった。
HRもそこそこにざわつく教室で雷蔵とハチと話していると兵助と勘ちゃんがななこと一緒に入ってきた。
どうやら入り口で鉢合わせたらしい。

「あ、三郎くんジャージありがとう。洗って返すね」
「え、いや、いいよ」
「ううん、だって悪いじゃない」
「大丈夫だから」

そう言ってジャージを貰おうと掴んだらはしっと力を入れられた。

「え・・・?」
「え?・・・あっ、いや、あのそうじゃないの!だって貸してもらったら洗って返さなきゃ・・・決して三郎くんの匂いなんて思ってな・・・!ちがくて!」
「ぶっ・・・ふははっ・・、落ち着けって。わかったから、じゃあ洗って返して?」
「う、うん・・・!」

恥ずかしそうに頬を染めるななこ。
ああ、ジャージ、お前は今日ななこの家で洗われてくるんだな・・・
ななこと同じ匂いか・・・たまら、いや私は何を言っているんだ。
まぁ、とにかく私の彼女はかわいいということだ。


(三郎くん、はいこれ!)
(ああ、ありがとう)
(じゃあね!)
(ああ、またなー)
((やっぱりななこはいい匂いだな・・・))