一月前、この忍術学園に妙なモノが落ちてきた。
ソレは奇妙な服装に汚い色をした髪、何より鼻が曲がりそうな程の甘ったるい臭いを振り撒いていた。
最初こそは皆警戒していた。
当たり前だわ。
だってそれが忍者の本分ですもの。
だと言うのにこの一月の間で幾許かの忍たまがソレを疑うことを止め慕いはじめた。
それはまるで熱に浮かされたように。
その中には私の恋仲であった筈の兵助の姿もあった。
食堂で親しそうに話す姿、その大きな骨張った暖かい手でソレの頭を撫でる姿。
信じられなかった。
あの成績優秀で賢く人見知りである彼のあんな姿が。
ああ、兵助、貴方まであの女に誑かされてしまったというの?
憎い。私の兵助を盗ったあの女が。
今も教室の窓から見える複数の人間に交じり笑うソレと兵助の姿。
あんな風に笑ってくれたことなんてたった数回しかないじゃない、ねぇ、兵助。
ああ、憎い。憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎「ななこ?どうしたの?」

ドス黒い感情に浸っていたところにふと聞こえた友人の声。
ああ、いけない。
心配させてしまったかしら。

「ああ・・・なんでもないのよ。ごめんなさいね、心配かけてしまって」
「そう?なんでもないならいいけど・・・」
「ええ。・・・あえて言うなら気分が悪いわ。そう・・・気分が、ね」
「だったら保健室に行ったほうがよくない?」
「そんなに酷いわけでもないから。少し顔を洗ってくるわ。すっきりするかもしれない」
「うん、そうしな」

心配気な友人に笑い教室を出て井戸へ向かう。
その間もドス黒い感情は胸の内を支配していて消えそうにない。

「・・・・・・あの女狐・・・っ!赦さない・・・っ、絶対に赦さない・・・!」

衝動に任せて壁を殴った拳が痛かった。
だけどそんなのどうでも良い。
あの女狐を排除出来れば、兵助が帰ってくればそれで良い。

「殺してやる・・・・・・殺して、やる・・・!」

・・・そうよ、そうすれば良い。
そうと決まったら早速実行しなくちゃ。
人のモノを盗ったら、どうなるかね。





「あ、ななこ気分はもういいの?」

あれから私は食堂へと来ていた。
だって目的は此処にいるから。
食堂の受付口にいた友人を無視して異常な塊の元へ向かう。

「あれ、#name2#さん?・・・!手、怪我して・・・っ」

すれ違った善法寺先輩をも無視して甘ったるい臭いを振り撒くソレの腕を引っ張り振り向かせるとその頬を思い切り叩いた。
掴んでいる手には存外、力が篭っていた。

「なっ・・・!ななこ!?」
「何をしているんだ#name2#!」

ざわりと広がる空気と膨れ上がる殺気。
ああ、なんて醜いのかしら。
この、高々一匹の女狐如きに忍者の三禁を破り腑抜けになったこいつらは。

「な・・・何するのよ!?痛いじゃない!」

女狐がやたらと甲高く五月蝿い声で喚く。
あら、何をするのですって?
ふふ、やぁね、笑っちゃう!

「何が可笑しいのよ!あんたなんか・・・あんたなんっぁぐ・・・!」

五月蝿いその口を塞ぐようにもう一度ソレの頬を叩くと肩を押して机に押さえ付けてその細い首を掴み苦無を突き付ける。

「・・・・・・善くもまぁ、人のモノを堂々と盗れたものね・・・この、泥棒猫が・・・!」
「あ、が・・・っな・・・なに、いって・・・っ」
「人のものは盗っちゃいけない、っておかあさんに習わなかった?」

突き付けていた苦無を更にソレの首に近付ける。
するとソレは「ひ・・・っ」と短い悲鳴を上げてその目に涙を滲ませた。
あらあら、かわいい顔が台なしねぇ。

「ななこ・・・!今すぐ彼女を放せ!どうしたんだよ!?お前少しおかしいぞ!」

恐怖に歪むソレが楽しくて観察していると不意に耳に入った愛おしい彼の声。
私が、おかしい?

「・・・ん、ふ、あははははは!ああ、兵助何を言っているの?うふふ、私がおかしいわけないじゃない」
「おかしい・・・いつものななこらしくない・・・!大体彼女はななこに何もしていないだろう!?」
「あら・・・ソレは十二分に私の気分を不快にさせたわ。兵助、貴方を私から盗ったんだから」
「何を言って・・・」
「ねぇ、兵助。貴方も悪いのよ?」
「え・・・?」
「こんな、得体の知れない女狐なんかにへらへら笑って・・・・・・あんな顔、私には少ししか見せてくれないくせに・・・っ」
「!ななこ、」

高ぶる感情に顔が歪む。
こんなのらしくない、忍者として失格だ。
でも、この気持ちは、兵助が愛おしいという気持ちは誰にも奪わせやしない。
それが例え兵助であろうとも。

「ねぇ、知ってる?女ってね、浮気されたら男じゃなくて浮気した女を怨むのよ?」

そう言ってソレの首に押し付けていた苦無を振れば「い・・・っ」なんて声を上げるソレ。
その首元を見遣れば一筋の赤い線が膨れ上がりつ・・・と首を伝う。
それを見て首にかけていた手を退ける。

「今は、殺さないでいてあげる。でも・・・・・・次は、無いと思え・・・っ!」



ねぇ、女とは元来嫉妬深い生き物なのよ?
肝に命じておきなさい。
人のモノは盗っちゃいけない、ってね。
じゃないと次は・・・殺してしまうかもしれないわ。