現在もまだ私は貴方様を待ち続けています。
遥か昔、貴方様と約束を果たしたあの丘で。

そう、それはずっと昔、まだこんなに世界が平和なんかじゃなかったあの時代。
貴方様は、三郎様は仰いました。

「何があろうと、例え死が私達を別とうとも私は必ず、ななこ、お前の元へ帰って来よう。だから、」
「・・・三郎様、私は三郎様を信じています。私は貴方様をずっと、ずっと愛しています。ですから、忘れないでください」
「ああ、私もお前を愛している。もし、ここにお前がいないのならば迎えに行こう。待っていろ」
「・・・はい、三郎様」

優しげな笑みを見せてくださった三郎様は私をやんわりと引き寄せその胸に抱きしめてくださいます。
嗚呼、三郎様の体温が暖かい。
暫くその体温に身を寄せているとざっ、と風が木々を鳴らした。
三郎様の薄い、だけどしっかりとした胸から少しだけ身を離し顔を上げる。
青々とした木々が鬱蒼と茂る森の最奧、私と三郎様しか知らない海の見える丘の辺りは闇が迫り始め目の前に広がる水平線には赤々と燃える太陽が沈んでいくのが見えた。

「・・・・・・きれい・・・」
「・・・ああ。だが、私にはななこの方が余程きれいに見える」
「そんな・・・三郎様ったら・・・」
「ふ、本当にお前はかわいいやつだよ」

三郎様の言葉に思わず頬が赤くなってしまう。
変わらず優しく笑う三郎様はそんな私の頬に手を添えてもう片方の手で顎をくっ、と上げると三郎様はそのまま顔を近付けそして唇に感じた低い温度と柔らかな感触に目を閉じる。

「ん・・・」
「ななこ・・・」
「・・・三郎様・・・」
「では、行ってくる」
「はい・・・行って、らっしゃいませ三郎様」

静かに離れると三郎様は音も無くその場から消えました。
嗚呼、誰が、誰がこれが最期の言葉に、最期の逢瀬になろうと思いましょうか。
三郎様は別れを告げた数日後、お亡くなりになられました。
潜入した敵城の忍に殺されたとお聞きしました。
とても、立派な最期であったとも。
私は待ち続けました。
貴方様がこの丘に再び訪れてくださるのを。
毎日毎日、歳をとっても毎日あの丘へ足を運びました。
けれど、三郎様は訪れてくださいません。
当たり前です。三郎様はもういないのですから。
私は今際の際に思いました。

「嗚呼、来世でも貴方様に、三郎様にお会いしたい」

それから数百年の時が過ぎ私は再び生を受けました。
そこはとても平和で戦などなく、人々が幸せそうに笑いながら暮らしている世界でした。
この世界に生を受けて二十一年、大切に、大切に育てられました。
優しい両親に可愛い妹、頼りになる友人。
ですが、私の中はあの夕闇の中で止まったままなのです。
一番会いたい三郎様に私はまだ会うことが出来ていません。
まだ、出来ていないのです。

「・・・三郎様、貴方様は現在、何処にいらっしゃるのですか・・・?」

三郎様と約束をした丘。
景色は変わってしまえど、その場所は変わらず海が見える。
唯一変わってしまったことは海の向こうに街の光が見えることくらい。

「必ず私の元に帰って来てくださると、迎えに来てくださると仰ったじゃありませんか、三郎様・・・」

胸が張り裂けそうな程の感情に顔が歪み視界が滲む。
頬を温かいそれが伝ったとき誰かが私を抱き寄せた。

「ああ、だから迎えに来た。遅くなって、すまないな」

嗚呼、この声を、この匂いを、この体温を、私は知っている。

「・・・、三郎・・・様・・・っ」
「悪い、待たせたな」
「・・・っ、三郎様!!」

思わず振り向けばそこにはあの時と同じように優しく笑う三郎様。
やっと、やっと会えた、愛しい愛しい貴方様に。

「三郎様・・・三郎様ぁっ!」
「ななこ・・・」
「ずっと、ずっとお会いしとうございました!貴方様がいなくなってしまったあの日からずっと!!」
「本当に、悪かった・・・私もお前を残して逝くことだけが心残りだった。またななこに会えてよかった・・・っ」
「三郎様・・・!」

ぎゅ、と強く私の身体を抱きしめてくださる三郎様に縋るように抱き着く。
昔と変わらない、人より少しだけ低いその体温に酷く安心した。

「もう、離さない。ずっと一緒にいよう。ずっとだ、もうななこを置いて先に死んだりしない」
「はい、はい三郎様・・・ずっとお傍に置いてください・・・」

三郎様がいなくなってしまったあの日と同じように顔を上げると泣きそうな、だけど安心した子供のような表情をする三郎様に私は目を閉じる。
その瞬間ふわりと落ちてきたのは私がずっと求めていたものだった。
そして、目を開く寸前、聞こえた言葉に私は再び涙を流し目を瞑り三郎様に強く抱き着いた。

「愛してる、結婚しようななこ」

嗚呼、闇は晴れた。


(ななこの、両親に会いに行かなければならないな)
(え?)
(え?じゃない。お前を貰いに行くんだ。当たり前だろう)
(三郎様・・・)
(あと、三郎様じゃない。三郎と呼べ)
(え、で、ですが・・・)
(呼べ)
(は、はい・・・三郎・・・君・・・)
((・・・仕方ないな)これからはそれでな。様を付けたらお仕置きだ)
(!は、はい・・・!)