蒼穹

▼Chapter9
(__I never forgive you...)




シーカーが己の能力を発動させ、《アクアホリック》の居場所を探る。彼の、全ての事象が骨組みとなって映る特殊な視界の中に目的の物を指し示す赤い線がよぎった。
「敵本体、捕捉しました!場所は……っ、……ッ!!?」
「!?おいシーカー!どうした、オイ!」
突如膝から崩れ落ちたシーカー。オークは彼が倒れないように、とっさに体を支える。
「ここから……離れて……い、オーク……っ!」
息も絶え絶えに呟くシーカー、その額には大粒の汗を掻いている。
「何があった、《アクアホリック》が何かしてきたのか!?」
「来ます……奴が、僕の探索を捕捉して……此処、に……!オーク!」
詳細を言われずともオークには自分がすべきことは何か分かっていた。
シーカーの言う通り、もし今五階に奴が召喚されれば。自分たちの代わりに戦闘を引き受け、少なからず消耗しているであろう彼女を巻き込むことになる。それはシーカーも、そして何よりオーク自身が最も望んでいない結末だった。だから、彼が今すべきことは一つ。
「少し衝撃が来るだろーが、耐えろよシーカー……!」
苦しそうに呼吸するシーカーを右腕に抱え、オークは昇降口の窓の枠に足をかける。そして躊躇うことなく、そこから飛び降りた。


曇天の空。雨は降っていなかったが風は強かった。五階の窓から見下ろした教会の敷地には風に葉を揺らす木々とその中心にある鈍い銀色をした貯水タンク群、はるか下方に見える石畳の通路、そして灰色の雲を映すいくつかの水たまりしかなかった。
オークは飛んだ。強い風の抵抗を受け、コートがバタバタと音をならして空中にはためくのを身で感じた。
少しでも、遠くへ。
オークの頭にはそれしかなかった。
常人ならば、五階から飛び降りては助からないだろう。いやこの言い方には語弊がある。正確に言い表すなら、「オークとシーカーの二人でなかったら」。
「シーカー!起きろ!力を貸せ!」
オークは右わきに抱えたシーカーに向かって、腹の底から怒鳴った。この状況で助かるには彼の力が必要だった。
「わかって……いますよ……!」
シーカーはオークに抱えられて落下しながら、震える手で自らの銃を握り締めた。汗が眼に入って視界がぼやけるのを必死でこらえ、照準を定める。もう時間が無い。落下地点はすぐそこだった。空気抵抗、そして霞む視界。集中しようにもそれが出来ない最悪のコンディション。しかしシーカーはやらなければならなかった。そして。
一発、音の無い銃声がシーカーのその手から放たれた。
刹那、時の流れる速度が一気に遅くなったような感覚。全ての音が耳障りで、間延びした低音に聞こえる。オークはシーカーを支えながら落下することしか出来ない中で、確かに求めていた音を聞いた。
「よくやったシーカー、上出来だ」
ぐらつく視界の中、シーカーはそう言ってオークが唇の端を釣り上げるのを見た。
オークの言葉と時同じくして、落下点近くの水たまりが爆発する。
シーカーの銃撃によって、水たまりに潜んでいた悪魔がスライムの形を取って実体化、雄たけびを上げて一度大きくバウンドした。
その瞬間を見逃すことなく、オークは落下の勢いのまま悪魔の頭部を踏みつける。スライム型悪魔のその弾力性を生かしてクッションとして活用することで落下の衝撃を抑え、シーカーを手放し一人後方に跳躍、両足と石畳が擦れて火花が散った。うまく力を加減し、勢いを殺して無事着地する。
一方、スライムの頭上で投げ出されたシーカーは上司に恨みごとを呟く暇もなくそのままスライムに蹴りを喰らわせ空中で回転、オークと、スライムをはさんで反対側に着地した。
「覚えておいてくださいオーク……仕返しは必ずします、絶対に許しませんから」
「おう、やれるもんならやってみやがれ。ただし、この面倒な任務が片付くまではお預けだ」
乾いた銃声が一発、シーカーが実体化させたスライムをオークがあっさり葬る。
能力を解除することで《アクアホリック》からの干渉を免れ、幾分楽になったシーカーが不敵に笑う。
「上等です、自分の言葉に責任を持って下さいね。貴方が生きてないと話になりませんから」
煙を吹く銃口を水たまりに向けたまま、霧散する悪魔の霧を受けオークもまた、笑った。

それは二人の会話が終わるのを待ち、タイミングを合わせたかのようにやってきた。
オークとシーカーは、はっきりとその瞬間が分かった。
エクソシストとしての勘とでも言うべきものが働いたのだろうか。周りの空気が一瞬にして重たくなるのを感じた。今までくぐってきた修羅場など修羅場とは言えない。シーカーだけでなくオークまでもがそう感じるほどの重圧で。
オークとシーカーがほぼ同時に振り返る。石畳の広場の奥、貯水タンクを覆うように植えられた木がみるみる内に枯れていく。強大な悪魔がその先で、木の命を吸い取っているのだと容易に分かった。
「いよいよお出ましですか」
白と焦げ茶、二色のコートが強風に煽られにはためいた。
シーカーとオークは銃口を最凶の悪魔が潜む方向に向けたまま、ピタリと静止した。ゆっくりと、敵が出てくるのを待つ。互いに相棒の呼吸を把握し、どちらからともなく合わせていた。緊張が限りなく高まる数秒。
シーカーの心臓は痛いほどに高鳴っていた。始まるのだ、己の命運をかけた戦いが、今。
ゆっくりとその姿を現した悪魔は、まだ淡い金髪の若い女の体を持っていた。微笑みながら確かな足取りで二人の元へ近づいてくるそれはあの男の子の面影を残しており、確かに彼の母親であるようだった。
「分かっていますね?あれが《アクアホリック》です」
銃の標準を女の頭に合わせたまま、シーカーがオークに忠告する。
「……分かってるさ」
オークの返事が数秒遅れたのは、悪魔に憑依された女性が淡い金髪をしており、その姿に別の誰かを重ねたからかもしれなかった。
「なるべく早く実体化させるよう善処はします。が、万一の場合は仕方ありません。彼女ごと」
「ああ、分かってる。大丈夫だ」
シーカーの言葉を断ち切ってオークが答えた。何が「大丈夫」なのか。シーカーには分かっていた。オークに彼女は殺せない。シーカーもまた、彼女の命を奪う気は無い。
一発の銃声が響いた。それを合図にオーク、シーカー、《アクアホリック》は動いた。
最初の銃声はオークのものだった。足元を狙った銃撃を悪魔はふわりと飛んで避け、そのまま常軌を逸したスピードで一気にオークとの距離を詰める。
後方に跳躍するオークだが、間に合わない。放たれた蹴りをすれすれでかわし、地面に手をついて体を支え、足を空中で回転させてカウンターの蹴りを喰らわす。しかし彼の足はただ空を蹴っただけだった。
「オーク!上です!」
シーカーの声が聞こえるや否やオークは回転した勢いのまま地面を転がる。一拍置いて爆発音が響き、自分のいた場所に大きな穴が開いたのが分かった。破壊され、瓦礫と化した石畳から粉塵が巻き上がる。シーカーが砂煙目がけて無音の銃撃を二発。しかし何も起こらない。――外したか!オークは舌打ちした。
舞う砂埃に邪魔されて周りが良く見えない状況でシーカーは唇を噛んでいた。今の二発は当てておくべきだった。しかし言っても始まらない。背に腹は代えられない。シーカーはやむを得ず能力を解放した。《アクアホリック》の場所を探しながら、シーカーはふと既視感を覚えた。以前にも、こんな場面に遭遇しなかっただろうか。悪魔に対する憎しみが強すぎる、と評された戦いの事を。あの時も確か悪魔は女に憑依していて、こんな風に粉塵が舞っていなかっただろうか。
視界の端に赤く輝く影が映った。
構えたシーカーだったが、悪魔は自分の方にやってこない。ということは今、奴の相手をしているのは。
おもむろにシーカーは右腕を顔の前に持ち上げ、ピンとのばした。左手もそれに沿わせる。銃を構え、交戦中の二人――《アクアホリック》とオークに照準を合わし、そのまま眼を閉じる。
『冷静になれ』
脳裏に、ずっと憧れ続けていた相棒の声が響いた。
ゆっくりと、眼を開く。
「お前なら行ける!撃てシーカー!!」
その言葉をオークが口にしたのと、シーカーが動いたのはどちらが早かったのだろう。
真っ赤な眼をしたシーカーから、音の無い銃撃が放たれた。
砂埃の中で動いていた二つの影のうちの一つが、完全に止まった。
「ヴ……うう……あああああああああああああああああ!!!」
白眼部分まで黒く染まった眼をした女は体を痙攣させ、声にならない悲鳴を上げてその場に倒れこむ。
音では無く、もはやただの振動と化した咆哮が巨大な地鳴りを引き起こす。彼女と入れ替わるように憑依していた悪魔――《アクアホリック》本体が本来の姿を伴ってこの世界に具現化される。
始まりは、一滴の小さな雫だった。倒れこんだ女の目から流れた一筋の紅い涙が震え、空中に霧散した。その一粒一粒がまた弾け、無数の紅い液体となって石畳を赤く染めていく。円を描くように石畳に広がる紅い染みの中央からあぶくが一つ、浮かんで消えた。それを合図として、沸騰したかのように泡がいくつも発生する。一つの泡がはじけるごとに、液体は増え、膨張していく。やがてそれは石畳に残っていたわずかな水たまりの水さえも飲み込み一つの形を成した。ぶくぶくと巨大に醜く太り、一つの建物程の質量を持ったそれこそが。
「やっとご対面だな」
「醜くて見るに堪えませんね。本性をよく表わしています」
いつの間にかオークの横に立っていたシーカーは、ぶくぶくと体をくねらせながら膨張するそれに向かって銃口を向けた。オークも、それに倣う。
「死ね」
二つの弾丸が、悪魔に向かって放たたれ、赤く膨張した物体がパンという音を立てて破裂した。



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お久しぶりです!
試験と修学旅行が重なって軽く一ヶ月ぶりの更新になってしまった……
H&Sも終わりが近いです!でも番外編続編過去編を同時並行でちょいちょい書いてます!
すると!私が爆発しました。

もうすぐバンド審査会があるんですよね……
更新も頑張りつつ、審査会受かるように!頑張りますよ!!



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