「おはようございます!」
「ぐええっ」
人生に三度あるというモテ期の到来だかなんだか知らねえが、別嬪さんに囲まれながら我先にと渡された数え切れないチョコに埋もれて圧迫死寸前なんざ男冥利に尽きる、そんな夢。悪いんだか良いんだか判断付け難い夢から飛び起きてみると、腹にはチョコではなく見慣れた女が乗っかっていた。
「…てめ、起こすなら起こすでもっとマシな起こし方があんだろーが」
「おはようございます!」
「うるせーな、ソレさっきも聞いたから」
勿論、周りには山積みどころか一欠片のチョコの姿だってない。なんとなく虚しい空気を溜め息で払いのけ、よっこらせと上体を起こす。正確に言えば起こそう腹に力を入れたものの、どっしりと未だそこに居座る馬鹿の所為で再び枕に沈む羽目になったのだが
「で、いつまで図々しく腹の上に乗っかってんだ」
「さ、坂田さん!」
「くぁ…、はいはいそんなデケー声出さなくても聞こえるっつーの」
「バッ、バッ」
「あ?ババ?ババアの取り立てか、金ならねえっつっとけ」
「違います!」
「何だかしらねーが、とりあえず退いてくんね?」
空きっ腹に堪える。チラリと時計を見ればもうとっくに昼をまわっていた、仕事が入っていなかったとは言えさすがに寝過ぎた。顔を洗って飯食って、そろそろ1日を始めたいってのに女は頑なに動こうとしない。漬け物石かテメェは。
「なんなんだよ、どーした。なんか言いたい事があんなら言えって」
「今日は何の日か知っていますか」
「バレンタインだろ、それが?」
「バレンタインはね、好きな男の子に女の子がチョコを渡して気持ちを伝える日なんですよ」
「…ご丁寧な説明あんがとさん」
まんまと菓子会社の策略に騙されてやんの、と笑ってやれたらどれほど愉快な事か。まさに今自分もその策略に踊らされ一喜一憂しているのだからどうしようもない。どうせ誰からも貰えやしねえと卑屈になりながらも、どこぞの娘さんが手作りチョコなんてものを持って来てくれやしないかと心のどこかで期待している、いや全力で期待している。誰か俺にチョコください。手渡しが恥ずかしいってんなら郵便受けに入れてください。
「坂田さん!」
「へ?あー…そうだった。まだ其処に居たのお前」
「私の気持ち、」
「え、なに」
「受け取ってください!」
「ぶっ!」
ガツンと鈍い音がして、何か固いものを思いきり顔面に叩きつけられと気付くまで数秒。漸く腹の重りが無くなったと思えば今度は額がビリビリする。泣きっ面に蜂、とんだ厄日だ。
「…いや、待て待て」
すんすんと鼻を利かせ、慌てて匂いを辿る。首を動かした為に額から枕の上にずり落ちた、顔面強打の凶器とは思えないくらいのかわいらしい箱。もう一度鼻をヒクつかせてみる。間違いない、この中だ。いやしかしこれは、この甘い匂いは
「…まさか、叩きつけられるとは思わなかった」
バレンタイン
100219 坂田