「これは夢だ」


終業を知らせるチャイムをどこか遠くで聞きながら、茫然と一枚の紙きれを眺めた。奴の名は欠点の答案用紙、又の名を居残り補習経由追試行き切符という。大きく書かれた点数が目に入る度薄っぺらなこの紙を破り捨てたい衝動に駆られるが、そんな事をすればもっと悲惨な事態に陥るのでとりあえず思いとどまった。


「そうだこれは現実じゃないんだ、うんきっとそうだ」

「はいはーい。現実逃避してるとこ悪いけど、先生の事は無視しないように」

「げ、先生。いつから其処に」

「ずっと」


お前今から死ぬ気で勉強しねえとマジで留年だから。机に寄りかかりながら解答用紙を覗き込んだ銀八が単調なリズムで事も無げに言う。煙草臭さにまかれながら、今すぐ世界が破滅すればいいと心底思った。誰がどんな理由でこんな学力診断方法を実施したのか知らないけれど、傍迷惑な思い付きは止めていただきたい。


「もういい、留年する」

「お前が良くても、先生は全然良くないので却下」

「なんで」

「なんでも」


気だるそうにボリボリと頭を掻いた後、胸ポケットのタバコに伸ばすであろう動いた手を間一髪入れずピシャリと叩いてやる。ちょ、何、校内バイオレンスですか?などと非難がましい声が聞こえた気がするけれどそんな事はどうでもいい。それよりもいい加減、校内全面禁煙という決まりを守ってみてはどうですか先生。


「つーわけで、放課後準備室で先生待ってっから」

「ごめんね先生、その気持ちには答えられない」

「あららー。なら先生これから毎日、追試と補習の予定表持ってお前の追っかけしよっかな」

「絶対やだ」


私が些か顔を顰めたと同時にタイミング良く始業のチャイムが鳴り響き、銀八が私の頭をくしゃりと乱す。


「じゃあな、補習忘れんなよ。あ、言っとくけど先生マジだから」


そう言って机から離れていく白衣を見送りながら、何とか逃れたかった補習に結局うまく丸め込まれ何だかんだで行く羽目になってしまった事に深く後悔した。とはいっても、口達者で一枚も二枚も上手のあの教師から逃げようとしたことがそもそも無理な話なのだから今更嘆いたところで仕方がない。こうなったら輝かしき己の将来の為にも補習だろうが何だろうが、受けて立ってやろうじゃあないか。


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080120
→091015 再録

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