決して難しいものなんかじゃあない。幾つかの母音と子音で構成された、たった一言発すだけ。深く考えず己が今言わんとする事をそのままダイレクトに伝えりゃそれでいい。なんてことないそれだけだ、この上なく簡単じゃねえか。
そう自分に言い聞かせ無理矢理頭で理解して、いざ声帯を震わせようとするものの、たちまちそいつが大きな塊となって俺の喉はいとも簡単につっかえやがる。そうしてすっかり勢いを失った口が、あーだの、うーだのと呻いている隙に彼女の興味はテレビに持っていかれ最後は結局そのまま切り出すチャンスさえ失ってしまうのだ。こうして今日もまた愛しい女に愛しいと告げる事、叶わず。思念伝達能力なんてものが突然都合よく目覚めたりしないものかと、ただひたすらにうなだれるしかない俺はなんて滑稽なのだろうか。


躓く


080320
→091015 再録

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