あちらこちらに華さく、カサ、かさ、傘。とめどなく地に降りそそぐ、雨、あめ、アメ。重く灰暗い街並みを、さ迷う女がひとり。
「小雨とはいえ、濡れネズミのままじゃあ、体を冷やしますよ」
すれ違う華の中には、そりゃあ妙な格好をした男とてひとりやふたり。また雨が、妙な人間を連れてきたと女は面も上げず歩みも止めず
「濡れていたいから、いいんです」
「ほう。また、なにか理由でも」
「いいえ。ただ、何となく」
「なる程。何となく、ですか」
「ええ。ところで、」
「はい?」
何か御用ですか。訊ねる口を開ける間に、男は手にした己の傘をゆっくりと閉じてしまいしっとりと雨に打たれ始める。その後、何事も無かったように小首を傾げ女の言葉の次を促した
「どうか、しましたか」
「一体どうして傘を外すのです、まだ雨は降っているのに」
「いやね。ちょいとこのしとしと雨を、見てみたくなっちまいまして」
「雨を、ですか」
「なに、理由なんてどうでもいいんですがね。ただ、何となく、ですよ」
身なりや風貌だけならず、言動や行動まで妙な男だ。けれども、初対面だというのに不思議とこの男の隣は居心地が悪いと思わない。可笑しなひと、と女は歩みを止める
「風邪を引いても、知りませんよ」
「おっと。そりゃあ、大変だ」
大して慌てた素振りさえ見せず口ぶりだけは随分大仰ぶる男に、それじゃあ傘でもさしましょうかと女が笑った
雨と露080526 薬売り