「にがい、まずい」
「だったら飲むな。このバカ」
その男が好むような無糖珈琲は、いつまで経ってもこの舌に合わない。腕を組み戸口に寄りかかっていたサスケが呆れたような面持ちで歩み寄ってきた。いつから其処に居たのかしらないが、家の中では気配を消すなとあれほど言っておいたのに
「玄関の鍵くらい閉めろ、用心が悪い」
「わざわざご忠告どうもご苦労様、さようなら」
「そう尖るな、勝手に入って悪かった」
謝罪はいいから早々にお引き取り願いたいものだ。それなのに、あろうことかソファーで寛ぎ始め挙げ句人の珈琲にまで手を出す始末。ドあつかましい
「もしもーし、それ私の珈琲なんですけど」
「マズくて飲めないんじゃなかったのか?」
「だからってサスケにあげるとは言ってない」
「お前が淹れた珈琲は嫌いじゃない」
「インスタント珈琲がお気に召してなにより」
全くと言っていい程噛み合わない会話に続いて、突如土産だと差し出された袋は紛うことなき甘味屋のそれ。露骨な機嫌取りに、全てを許容してなるものかと一度は強がってみたものの。人間の欲求というものは、恐ろしく単純なものらしい
「いちご大福!」
「好物なんだろ、それ」
「有難うごぜーますサスケさん、お礼と言っては何ですが我が家で良ければごゆっくりどうぞ」
「ああ、そうさせてもらう」
其れから小さく笑って、珈琲をごくりごくり。貰ったばかりの大福をさっそく頬張りながら、その様子をうかがい見た。人間の好みなんてのはそれぞれだから、意見の食い違いは至極当然で。彼方は苦味の楽しみを知っていて、此方は甘味の楽しみを知っているということ
「よくそんな苦いの平気で飲めるね」
「お前こそ、よくそんな甘ったるいもん平気で食えるな」
見てるこっちが胸焼けする。そう言うなり些か眉を顰めた男は、どうやらついに最後の一滴まで飲み干したようで。マグカップを机に戻し、ごちそうさまと礼を言った。そういうところは、礼儀正しい。兎にも角にもお粗末様
「美味しいよ、サスケが買ってきてくれたいちご大福」
「珈琲の方がうまい」
「愛情込めてるからね」
「よく言うぜ」
味覚
080926 サスケ