「ねえ高杉、ここから飛んだらどうなると思う」

「さあな」


屋上の低いフェンスに手をかけた女が空を仰ぎながら訊ねる。数歩後ろでなかなか火の点かないライターに全神経を集中させていた俺は、女の質問に殆ど上の空で答えた


「チッ、つかねえ」

「私さ、空とか飛べちゃう気がするんだよね」


何度かカチカチと火花を飛ばしはしたが、それは充分な火とは言えず。これ以上はまるで無意味だと気づき、タバコ共々ズボンのポケットへねじ込んだ。そこで漸く顔を上げてみると、相も変わらず女はこちらに背を向け空を見上げている


「…アーイキャーンフラーイ!」

「一応聞いてやる、何してんだ」

「いや、鳥になれるかなって」

「早まるな、バカは死んでも治らねーんだとよ」

「フォローするか追い討ちかけるか、どっちかにしろよバカ杉」


不機嫌な顔で舌を打つ底抜けの馬鹿が、此処から飛ぼうが落ちようが正直好きなようにすりゃあいい。まあどの道飛べやしないだろうが。とにかくそんな事は俺にとってどうでもいい事だ


「くだらねえ事する暇があるなら火でも貸しやがれ」

「ばーかばーか、そんなもん持ってるわけないじゃん。ていうかくだらないとか言うな」

「どいつもこいつも使えねえなァ」

「あんだとコラ、禁煙しろや禁煙!」


フェンスから離れ胸ぐらを掴もうとする女の手を軽く交わし、暑苦しい屋内に繋がるドアへと歩きだす。タバコが吸えないのなら最早屋上に用はない。すると背後で女が呼んだ


「高杉、どこいくの…っ」

「テメーにゃ関係あるめえよ」

「そうだけど、でも」


口ごもる女に溜め息をひとつ、やれやれ面倒なことだ。


「…行き先が気になるならついて来い。それくらい、羽なんぞ無くともその立派な二本の足で充分事足りるだろうよ」


助走


080726 高杉/たかい

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